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いつも読んでくださってありがとうございます。
今回ちょっと重くて長いです。
「マリー、なにこれ」
「あ、もらったの。宰相様の息子さんに」
「誰それ?」
「息子…ドラ息子?この前モモンガに遭遇した日にたまたま会ったの。宰相様の息子だって言うから、私達の現状どうにかしてくれるように伝えてもらったの」
「ふうん。それで?」
「それで?それでさっき私が森に行った時に、また息子さん来てコレをくれたのよ。見てみて、石鹸も入れてくれてあるわよ。それからね…」
「…マリーもう一人で森に行っちゃダメ」
「えっ?なんで?」
「なんでじゃないわよ、おかしいでしょうよ。何で宰相の息子なんかがあんな辺鄙な森の奥でウロウロするのよ。
しかもなんで二度目の登場も森でマリーが独りの瞬間を狙って現れるのよ。どう考えても怪しいでしょ?
100歩譲って本当に息子だとしても、だったら正面の道からくればいいのに、わざわざ森で待ち伏せしたりして、もう怪しさしかないわ」
「…言われてみればそうね!」
「言われてみなくても気づいて。
誰の指示でマリーに近づいたのかしら。姫の手先だったら、何を企んでるか分からないわよ?」
「うーんでもちゃんとごめんとか謝ってくれるし、何か騙そうという感じの人じゃなかったから…」
「甘い、甘いわマリー。間諜とかならいくらでも相手が好む演技が出来るものよ。簡単に信じちゃダメよ」
「…なるほど!すごいわ探偵みたい!さすがエマだわ!」
無邪気に言うマリーを見て、思わず笑ってしまう。幼い頃から『さすがエマだわ』とマリーに何度言われただろう。
昔と変わらぬ顔で同じセリフを言う彼女を見て、幼い頃のマリーの姿が浮かんできてエマは急に胸が苦しくなった。
潤んだ瞳を見られたくなくて、顔を逸らしてエマは言う。
「まあ、もらったものは有難く使いましょう。さ、片付けてご飯の準備しなくちゃ」
そうねーとマリーは荷物を整理するために部屋に入っていった。
後ろ姿を見送ってからエマは天を仰ぐ。
どうか、あの馬鹿みたいに純粋な幼馴染が幸せになりますように、と祈りを込めて。
***
エマがマリーと出会ったのは、エマの母がマリーの弟フレディの乳母として勤めた始めた時だった。その頃のエマは相手を言い負かす事が楽しいというような生意気を絵に描いたような子どもだった。
当然友達もいなくて、一人でブラブラするエマに母は『お屋敷のお嬢さんがアンタと同い年だから暇ならお相手して差し上げなさい』と言ってきた。旦那様から小遣いもいただけると聞いてエマは喜んでその依頼を受けた。
初めてマリーを見た時、こんな美しい少女がいるのかと内心度肝を抜かれた。雪のように白い肌と、それを際立たせる黒い髪。宝石を思わせる深い青の瞳は見つめていると吸い込まれそうになった。この綺麗な少女にエマは夢中になった。
キツイ性格のエマだったが、のんびりしたマリーとはうまく噛み合うようで二人はすぐ仲良くなった。
ある時、エマがマリーの容姿を羨ましいと言った事がある。するとマリーは首を振ってこう答えた。
「そんな事ないわ。お父様はこの顔がお嫌いみたいだし。私はエマの瞳のほうが好きだわ。暖かいチョコレートミルクの色。見ていると優しい気持ちになるのよ」
お互い無い物ねだりね、と穏やかに微笑むマリーにエマは申し訳ない気持ちがした。マリーの父はなぜか彼女を邪険に扱って度々マリーの容姿をけなしていたからだ。マリーが泣くと嬉しそうな顔をする父親に、なぜそんな事をするのかエマは理解が出来なかった。
その理由が分かったのは、他の使用人達が噂しているのを聞いてしまった時だ。
「ーーーマリー様は本当に奥様に生き写しよね」
「ねえ、なのに何で旦那様はマリー様を毛嫌いしてるの?」
「バカねえ、あれだけ男遊びの激しい奥様よ?マリー様も違う男の種に決まってるじゃない」
「ええっ?じゃあーー」
「声が大きいわよ。だから旦那様は奥様への不満を奥様そっくりなマリー様にぶつけてるんじゃない?異常よあれは」
「嫌だわ気持ち悪い」
その会話を、エマはマリーと秘密基地ゴッコをしていたクローゼットのなかで聞いてしまった。
マリーを見ると、彼女は困ったみたいな顔をして苦笑している。エマは悔しさのあまりマリーに声を荒げてしまう。
「っもう!なんで笑ってるのよ!あんな事言われて!もっと怒りなさいよ!あんなの、アンタは何にも悪くないじゃない!」
怒るエマにマリーは「だってエマがすごい怒ってるから怒りそびれた」と笑っていた。
それからというものの、マリーはあまり泣いたりしなくなった。マリーを取り巻く環境は悪くなる一方で理不尽な思いを散々させられても『仕方ないね』と微笑んでいるマリーにエマがキレた。
「アンタは何で怒んないのよ?!なんでアンタばっかりこんな目にあうのよ?神さまは不公平だわ!」
そう詰め寄られたマリーは、エマの言葉に驚いたように目を瞬かせながら言った。
「だって、私より先にエマが怒ってくれるから…私より、私のために泣いてくれるエマをみてると、ああなんかもういいやって思っちゃうの」
何よそれ…と呟くエマにマリーは言う。
「エマは神さまが不公平って言うけど私はむしろラッキーだと思うのよ。だって私にはエマがいるもの」
滂沱の涙を流すエマをマリーは抱きしめる。
「バカだね…マリーは…私がアンタの何の足しになるって言うのよ…」
「エマと居ると何してても楽しいもの」
自分に無いものを数えて生きるのは辛い。マリーはそれを知っているのだろう。ならばその手にある物を大事に慈しむ優しさと賢さをマリーは持っている。
その時からエマは心に誓った事がある。
マリーの幸せな姿を見たい。
マリーは何でもかんでも幸せって言ってしまうがそんなのじゃダメだ。
皆が羨む、絵に描いたような完璧な幸せ。
マリーがそれを得るまで私はずっと彼女のそばに居よう。そう誓った。
しかし運命はマリーに優しくなかった。
マリーの母、マーガレットが急死したのをきっかけに隠されてた借財が次々発覚した。当時マーガレットが入れあげてた役者に夫に内緒で貢いでいたらしい。妻とは言え自由になる金などあまりない彼女は、あまり真っ当とは言えないところから金を借りていた。亡くなって発覚した時には借金は何倍にも膨れ上がり、マリーの家の財政は一気に傾いた。マリーの父は金策に奔走したが、彼が元は平民だった事が災いし、血統主義の貴族達から手のひらを返されマリーの家は没落寸前まで追い詰められた。
使用人は全員暇を出され、広い屋敷にはマリーと幼い弟だけが残される事となる。
子どもだったエマにはどうする事も出来ず、フレディの乳母だったエマの母も彼女を連れて屋敷をでる事になった。
「エマ、お嬢様と仲の良かったアンタには辛いだろうけど、私ら使用人にはどうしようもないよ」
マリーと幼い弟が、去っていくエマに手を振っている。
小さくなっていく姿にエマは堪え切れなくなって、繋いでた母の手を振り払う。
「ダメだ、お母さん。私戻る」
「アンタ何いってるの?ちょっと!エマ!エマ!」
エマはその足でマリーの父の元へ駆け込んだ。
「私をマリーの侍女にしてください。マリーのそばに居たいんです」
机の書類と睨み合っていたマリーの父は、げっそりとやつれた顔を少し上げエマを見る。
「給金など払えないぞ。この家ももう終わりかもしれない。それでもいいのか?」
「構いません。もしお家が潰れるならマリーと一緒に逃げるだけです」
マリーの父は、ははっ、と嘲るように笑う。
「…さすがはあのマーガレットの娘だな。あれも天性の人誑しか。お前の自己犠牲は結構だが、いつか裏切られたと泣く時が来るぞ」
「…それは旦那様の事ですか?」
「本当に口の減らない子どもだな。だったら好きするがいいさ。もし我が家が持ち直せたら正式に侍女として給金も払ってやるよ」
こうしてエマはマリーの侍女となった。




