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12 鉄拳と鉄槌

まだまだ続くんじゃ。……うん、いつ終わるんだろうね。

 轟音と共に巨人(トロル)が都市を蹂躙する。隠れるべき家屋を破壊され逃げ惑う人々。彼ら誘導する兵たち。そこを襲う幻魔兵ゴベリヌス。

 

 親子連れが瓦礫に脚を引っ掛けて転倒した。そこに眼をつけたゴベリヌスがその鋭い手爪で首を狙った。

 

 ヴァリウスはその胴体を蹴り上げた。浮き上がるその顔面に、鉄篭手の拳が見舞われる。顔面を陥没させて廃墟に突っ込み、そこに幻魔焔が上がる。

 

 親子は立ち上がり、ヴァリウスには目もくれず走り去っていった。別に感謝されたかった訳ではないが、やはり戦火は人の心を荒ませるのか。

 

 ミルカの一家は大丈夫だろうか、という思いが一瞬脳裏をよぎった。

 

 ここはラッセナ、中原でも有数の大国家であるクーヴィッツの首都である。しかしつい数日前まで戒厳状態にあり、現在は覇国の兵禍の真っ只中だった。現在のラッセナの状況を予見し得た者は果たして存在するのだろうか。あのエアンナ・ニンスンでも、この惨状を読んでいただろうか。


 西の街区でまた一つ、大きく柱めいて黒紫の焔が燃え上がった。トロルが獣神騎士の刃にかかったのだ。エフェスが同行している魔術師の従者が獣神騎士であるという。

 

 ヴァリウス自身はトロルを操る者を探していた。獣神騎士が如何に強力でも、覇国がこのラッセナに潜ませた幻魔兵の数はちと多すぎる。しかも敵はトロルの装甲のタイミングを意図的にずらしていた。一度に殲滅されるのを恐れているのだろうし、こうやって散発的に巨大化させれば、戦力や意識を分散出来る。覇国に持ち込まれたトロルの数は不明だが、いずれにせよ頭を潰してしまうのが得策だ。

 

 見分ける手段はない。しかし、「頭」がいそうな場所は概ね絞り込んだ。見晴らしが良い場所がいいだろう。

 

 東街区の鐘塔近くにまで来た時、不意に声をかけられた。


「おう、これは珍しい人物と巡り合ったものよ! ガウデリスの廃親王ヴァリウス殿ではないか!」


 現れたのはヴァリウスを大きく上回る、七尺超(二百十センチメートル以上)の巨漢である。担いでいるのは、ちょっとした丸太ほどの太さの槌頭を持つ鉄槌だ。

 

 最初にヴァリウスは何を食ったらこんな大きさになるのかと思い、次にその人物の名を思い出した。


「あんたこそ、ここで何をしている。ローデヴァイク・ザンテ」

「そうか、お主は知らぬか」


 男は不敵に笑った。

 

「覇王バンゲルグ主上陛下の命により、クーヴィッツに参った」

「――ロイデン最強を謳われた騎士であった男が、今は覇国の回し者かよ。大した出世だな」


 ヴァリウスは半眼でローデヴァイクを睨みつけた。

 二人は面識がある。八年前のロイデンへ、ヴァリウスは親善大使という名目で斥候に訪れ、ローデヴァイクと会っていた。幻魔兵などという存在は露知らぬ頃だった。


「男として生まれたからには、力の更なる高みを求めて当然だろう。俺にとってはそれが幻魔だったというだけの話だ」

「だから祖国を滅ぼした覇国に寝返ったか」

「何とでも言え。祖国を裏切ったお主に言えた義理ではあるまい!」

「――俺が国を裏切ったんじゃない、国が俺を裏切ったんだ」


 ヴァリウスとしても、若干の苦しさを感じずにはいられない論理である。ローデヴァイクは鼻で笑殺した。


「まあ――裏切りの理由などどうでも良い。一度俺は、お主と戦り合ってみたかったのだぞ」

「俺もだよ、ローデヴァイク卿――否、もう騎士ではない以上あんたに『卿』は要らんな」


 両者の気が膨れ上がったのは同時であった。戦気を風を呼び、互いに吹き付け、それでもなお怯むことはない。飛ぶ鳥が空から落ちたのは、決して彼らの放つ気迫とは無縁ではあるまい――


「ところであんたがここにいるということは、ここが要ということか?」

「さて、俺はただ護れと言われただけだが」


 空とぼけるローデヴァイクは、鉄槌を夕焼けの空に高く突き上げた。ヴァリウスは右足を引き、警戒した。


「では、お主にいいものを見せてやろう。これが俺が得た力だ――装甲(・・)!」


 誇らしげに吼えるや、ローデヴァイクの周囲を黒紫の焔が取り巻いた。これまで見たことがないほどに濃密な幻魔焔の障壁――それが消え失せると、立っていたのは鎧姿の騎士である。


「幻魔騎士ローデヴァイク、参る」


 ヴァリウスは自分の顔が目を剥き、引きつっているのを自覚した。

 

「その鎧は……ッ!?」

「幻魔甲冑〈金牙猪(ヴァラーハ)〉である。魔術師共によれば、遥か東方より虎の民が中原に来たりしより前、通りすがった王国より奪ったまま宝物(ほうもつ)庫に死蔵されていたものに調整を施したらしい」


 猪の頭部でローデヴァイクは言った。ヴァリウスの腹の底から堪え難い感情が溢れてくるようだった。


「幻魔騎士――そういうことかよ」


 騎士号は本来白虎平原には存在しない称号である。他でもないガウデリスの廃親王ヴァリウスは幻魔騎士の呼称を奇異に思っていたが、その疑問が今ここで氷解した。――即ちその称号は幻魔甲冑をまとう者、幻魔における獣神騎士の意に他ならぬ。そしてそれは獣神騎士に対する最大級の侮辱であるようにヴァリウスは感じた。

 

 ローでヴァイクは居丈高に言った。


「鎧え、ヴァリウス・ガウ! 素肌のお主をこのまま鉄槌で撃ち殺すのは容易い。だが、それは俺の矜持が許さぬ!」

「言ってろよよ、勘違い武人野郎が……!」


 怒りと共に吐き出した。それで多少は頭が冴えた。


「ならばあんたの望み通りにしてやるよ――装甲!」


 同時に呟き、周囲に風が巻き上げた。次の瞬間、白虎の甲冑をまとっていた。彼は右手を前に構えた。

 

「王虎騎士ヴァリウス、参る!」

「――先手頂戴ッ!」

 

 金の猪が鉄槌を振りかぶり、ヴァリウスへ迫った。ヴァリウスは左手で槌頭をいなし、懐へ潜り込んで胸に拳を入れた。まともに入った。

 

 ローデヴァイクは倒れなかった。それどころか小揺るぎもしなかった。万斤の鉄塊を素手で殴りつけたような重みが拳に伝わった。金猪の騎士は不満げに鼻を鳴らし、昂然と言った。

 

「雑兵ならば死んでいたろうな。しかし――温い!」

 

 金猪の肩口に牙のような衝角(スパイク)が伸びた。そこから体当たりを仕掛けてきた。ヴァリウスは後退したが、衝角の触れた部分を中心に、軽く全身に衝撃が突き抜けるようだった。足がもつれ、鎧が壁に触れた。そこから壁が大振りな破片と化して砕け散った。さしものヴァリウスもぎょっとしたものの、背後を見なかった。眼の前の敵から目を離す訳にはいかないことを本能で理解していたからである。

 

「ほう、体内の残勁を石壁に逃がすとはな。流石は王虎拳法免許皆伝よ」

「勘違いするなよ。――今のは偶然だ」

 

 捨て台詞を諧謔(ユーモア)と取ったか、ローデヴァイクが声を上げて大笑した。


「ハハハッ! お主のそういうところも含めて、嫌いではないぞ。優れた戦士はいつでも笑いを忘れぬものだ! ハハハハッ!」

「ハハハハハッ!!」


 ヴァリウスも負けじと大声で笑った。まるで二頭の獣が威嚇し合うような笑いだった。笑いながら敵の力の程を考えた。

 

 牽制の一撃ではあったが、ゴベリヌスを屠る拳である。それによるダメージが、敵には全く見えない。事実、幻魔甲冑の胸甲には傷一つついていないようだった。同時に異様なほどの全身の膂力(りょりょく)――バイロンとも全く異なるが、恐るべき相手には違いなかった。

 

 だが障害の困難さは獣神騎士ヴァリウスの退く理由にはならない。対峙する二者が笑いを止めたのはほぼ同時、呼気を臍下(せいか)丹田たんでんに溜め、ヴァリウスは左半身を前に、体を開いて右半身は後ろへ弓を引き絞るように構えた。ローデヴァイクもまた鉄槌を横構えにした。

 

 鉄拳と拳が交錯する頃、ラッセナの空が真っ赤に燃えていた。

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