十九話「再訪」
「ほほう。全面水晶で出来た空洞に、頑丈に閉じられた祠とな。なんとまあいかにも怪しい感じですなあ」
ランドの家──囲炉裏のある部屋だった。正午前には帰ってきた勇士とミウは、昼飯を終えて食後のお茶を啜っていた。
勇士の正面に胡座を掻いて、一通り事のあらましを聞いたランドは、
「しかし、よくあの封印を超えられましたなあ。驚きましたぞ」
と感嘆を露わに、冒頭の言葉を続けた。
「それで、祠に掛かっている錠前について、何か知りませんか? ランドさんのいう鏡があるとしたら、その中としか考えられないんですが」
「ふむう。儂も鏡があるとしか聞いてませんからなあ。なんせ祠には──いや、この場合の祠とは、あの洞窟を指すのじゃが──儂すら入れなかった封印の術が掛けられておったからのう。情報なんて伝承でしか知らぬ故、語り継がれた事ぐらいしか存じておらんのじゃよ」
眉間にシワを寄せて、深く記憶の棚を探るように瞑目するランドであったが、紡がれた言葉は真相に近付けるような類いではなかった。
「そもそもからして、本当に鏡があるのかどうかも分からんしのう。期待させるような事を口にして申し訳なく思うが、ユーシ殿の望む神物が奉納してあるかどうかすら……」
「いえ、無いなら無いでいいんです。元々無理を言ったのはこちらなんですから」
桜花を探せる最短ルートとして、ランドの提示した情報に期待を寄せていたが、当てにしていたワケではない。あるかもしれないとランドも前提を添えていたし、そのへんはある程度覚悟の上だ。
それに。
まだ神物が無いとも限らない。だいいち、祠の方は鎖で繋がれているだけなので、それさえ断ち切れば開けられないワケではないのだ。
とはいえ。
「あの、鎖を切るのってやっぱりまずかったりしますよね?」
「それは……一応神聖な場じゃからのう」
困ったように眉尻を下げて、遠回しに断るランド。至極真っ当な意見であるし、ともすれば激昂されてもおかしくない発言だったので、ランドの返答は予想通りだとも言えた。
「それに、あれだけ厳重な封印が施されておったのじゃ。祠の方にも何かしら罠が仕掛けておるとも限らん。迂闊に力付くでというのも、儂としてはお勧めできませんな」
「罠……ですか」
その可能性は考えていなかった。しかし、なるほど──入り口だけ厳重にしておいて、祠の方だけ鎖で縛っているだけというのも妙な話だ。祠を作った者達が、入り口の封印だけで問題ないと過信していたなら、話は別だが。
「まあ直に見ない限りは何とも言えませんな。封印が解けたのなら儂も行けるじゃろうし、俄然興味が沸いてきたわい」
少年のように瞳を輝かせて、ランドはほっほっほっと好々爺然とした笑い声を上げた。年老いて尚、好奇心が衰えていないらしい。
「つまり、今の時点では保留という事になるんですか?」
「そうなりますな」
そうですか、とだけ答え、勇士は正座した太ももの上でギュッと握り拳を作った。
半ば予測していたとはいえ、なかなか思うように話が進まない。一刻も早く桜花を助けだしたいのに、気ばかり急いてしまう。
本当にこんな調子で桜花を捜し出せるのか。やはり当てずっぽうでも再度森に引き返して、彼女を捜索すべきではないのか──そういった無謀な考えが頭を過っては、必死に冷静になれともう一人の勇士が呼びかける。
何もできないでいる自分が、すごくもどかしい。
「逸る気持ちは分からぬもないが、勇気と短気を履き違えてはなりませんぞ」
心穏やかでいられない勇士に、ランドが見兼ねてピシャリと諌めた。
「なあに、詳しく調べないといけないのは事実じゃが、安全と分かれば──罠がないと分かれば、鎖を断ち切るのも考慮しなくもない。ご友人の命が掛かっておるとしたら尚更じゃ」
「………………はい」
ランドの言葉に、勇士は重々しく頷いた。
そうだ。焦った所で今はどうにもならない。着実に確実にやらないと、我が身すら危険に晒す。桜花を助ける前に命を投げ打っては意味が無いのだ。
──しっかりしろぼく。桜花さんを助けられるのは、きっとぼくしかいないんだぞ。
「ところで」
と。
決意を新たに、優先順位を確固にした所で、ランドがやおら話題を変更した。
「ミウよ。昼餉の時分から妙に物静かじゃのう。何か考えでもあるのかの?」
矛先はミウだった。しかし言われてもみれば、先ほどからずっと会話に参加せず、難しい顔をして黙り込んでいた。よくよく思い返してみると、ミウと帰路を共にしたあたりで既にこんな風だった気もする。
ランドに問われ、やがて視線が自身に向いていると気付いたのか、
「え、あ。な、なにジジ様?」
と、ミウは今更のように反応を示した。
「それはこっちのセリフじゃ。いつになく無い知恵を絞ったような顔をしおってからに」
「し、失礼しちゃうなあ! ウチだって考え事ぐらいするし!」
「考え事って? あの祠に関係したりする?」
憤慨しながら答えるミウに、勇士がすかさず疑問を投げる。今はどんな些細な情報でも聞いておきたい。
「う、ううん。祠は関係ないよ。ちょっとボーッとしてただけだよ。今日の夕ご飯はなんだろうなあって感じで」
「ま、そうじゃろうな。ミウの考えなんぞその程度じゃ」
「うっさいなあ! ジジ様は本当に一言余計だよね!」
ぷりぷりと怒りながら、ミウは飲んでいた湯呑を置いて立ち上がった。
「そんじゃウチ、ちょいと出かけてくるから。ユーシ、また後でね」
「う、うん。いってらっしゃい」
「あまり遠くに行くでないぞ。足だって本調子ではないのじゃからな」
「それも分かってるー!」
ランドの忠告を聞き終わらぬ内に、ミウはダッと駆け出し、子供らしい陽気さで出て行ったのであった。
「やれやれ。騒々しい奴じゃ」
嘆息を混じえて言うランドに、勇士は苦笑を浮かべて場を誤魔化す。
二人はまだ知らなかった。この時のミウに、とある決心が宿っていた胸の内に秘めていた事に……。
「久しぶりに訪れましたが、別段変わった点はございませんなあ」
場所は祠のある洞窟──その入口部だった。
早速ランドと共に此処へと出戻った勇士は荒縄の前で突っ立っていた。帰る時もそうだったが、封印自体が解けた様子はない。以前として極太の荒縄が侵入者を拒むように入口を塞いでおり、奇怪な札が縄を埋めつくすように貼られていた。
「でもこんな感じで、特に何ともなく通れちゃうんですよ。ミウがやったら稲妻で弾かれちゃいましたけど」
ほら、とミウにやってみせたように荒縄の向こうに手を入れる勇士。
「ほう! 前もって聞いておりましたが、こいつはたまげましたわい。村の者がどれだけ入ろうとも弾かれていた封印が、こうもあっさりと……」
言葉通り、ランドは両目を見開いて唖然としていた。ミウも勇士が通れたと知った時は大層驚いていたが、ここまでのリアクションではなかった。ランドの話では今まで一人たりとも通れなかったらしいので、尚更驚愕が大きいのだろう。
「不思議なもんじゃなあ。村の者には通れなかった封印が、ユーシ殿が入る時だけその効果を失うとは。確かミウもユーシ殿と一緒なら入れたのでしたかな?」
「はい。特に支障なく」
ふむう、とランドは髭を撫でて考え込み始めた。心底不可解でならないのだろう。
「こうしておっても埒があかん。ユーシ殿の言う閉ざされた祠に案内してくだされ」
やがて謎は保留に決めたのか、ランドが勇士に手を差し伸べる。ミウがそうしたように、なるべく勇士に触れておいた方が弾かれずに済むと考えての所作なのかもしれない。
ランドの意思を汲み取って、勇士は差し出された手を握り、
「足元にだけ気を付けてください」
と一言添え、洞窟の中へと足を踏み入れた。




