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十五話「心情」



「少しは落ち着きましたかな?」

「はい……。すみません、すごくがっついちゃって……」

「ほっほっほっ。気になさるな。むしろ見ていて爽快だったわい」

 やっぱ若いもんはあれくらい元気がないとな、とランドはお茶を啜って笑みを零した。

 外はすっかり薄暗くなっていた。かろうじて太陽がまだ留まっているので外出できないほどではないが、あと一時間ほども経てば完全に暗くなるだろう。

 冷えてきた手を温めるように、勇士は目の前の湯呑に手を伸ばす。ほっこりと湯気立つ茶を眺めているだけで心が和む。

「して、ユーシ殿……」

 ことん、と湯呑が置かれる音が仄かに響く。ランドの湯呑だ。

「そろそろお話を伺ってもよいですかな。どうやら色々と複雑な事情があると見える」

 ゴクッとお茶を嚥下しつつ、勇士も倣うように湯呑を置く。

「そう、ですね……」

 ついにきたか。いつかは訊かれる事だとは覚悟していたが、いざとなると上手く言葉が出ない。

 そもそも、信じてもらえるかどうかすら分からないのだ。此処は勇士がよくやっていたゲームの世界観そっくりで、ある日突然こちらへと転移しただなんて。頭がおかしいと思われるのが関の山だ。

 だったら、ミウの時みたく迷子の探索者という事にでもしようかという考えが過ったが、果たしてランドのような人生経験豊富な年長者を誤魔化せるだろうか。どう見ても軽装だし、迷子を探しにきて逆に迷子になっただなんて笑い話にもならない。怪しさだけが際立つだけだ。

 気まずい沈黙が続く。どうにか説明しようと口を開きかけるが、漏れるのは無為な呼気ばかり。

 ばちばちと囲炉裏から火が爆ぜる。ランドは火突き棒で時折炎の調整しながら、

「まあ、急に話せと言われても纏まらぬか」

 と苦笑を浮かべた。

「なら、儂から質問していく形でよろしいかな? その方が滞りなく進むと思うのじゃが」

 やにわに投じられた提案に、「じゃあそれで……」と勇士も受諾する。

「こほん。ではまず、ユーシ殿は何が目的でこの森に? 普段は人間すら近付かないハズなのじゃが……」



人間(、、)!?」



 そのワードに、勇士は思わず身を乗り出して食いついた。

「やっぱり、他にも人間がいるんですか!? この世界にも!?」

「そ、そうじゃが……突然どうされたユーシ殿。人間なんぞ、この森はともかくそこらにうようよといますぞ」

「そうなんですか……」

 力が抜けたように、ドタっと腰を下ろす勇士。指先が小刻みに震えて、手汗が滲む。

「良かった……本当に良かった……」

 ちゃんとこの世界にも人間がいたのだ。ただそれだけの事実が、勇士の心に光が灯る。

 話が通じる者――獣人という存在が発覚しただけでも嬉しさが込み上げてきたものだが、あくまでもそれは似た種族というだけで、決して同種というわけではない。同じ仲間がこの世界にいると分かっただけで、とても心強かった。



 ──桜花さんも一緒に聞いていてくれてたら、きっと喜んだだろうなあ。



 惜しいのは、ここにはいないクラスメイトの姿。

 どれだけ感謝を述べても足りない、勇士の恩人。

「ふむ。ユーシ殿の反応からして、だいぶお互いに認識の違いがあるようだのう」

 脱力する勇士の様子に、ランドが思慮深げに髭を撫でる。やにわに立ち上がった勇士に面喰らっていたランドではあったが、そこはやはり老爺か――すぐに真顔に戻って、

「まさかとは思いますが……」

 と質問を続けた。



「ユーシ殿。貴方は異なる場所──此処とは全く違う世界から来られたのでは?」



 どくんと心臓が撥ね上がった。

「な、何で……」

「いやなに、単なる推理じゃよ。そのような軽装で、この広大な森の中を奥深くまで彷徨っていたらしい事。どうにも散策に向いておるようには思えん為人ひととなり。何より──」

 一旦お茶で喉を潤し、十分に間を空けた後、ランドは言い切った。

「ユーシ殿の先ほどの反応じゃ。儂が人間と口にした途端、初めてその存在に気付いたとばかりに驚きなすった。演じておるようにも──また演じるだけの器用さがあるとも思えなんだ。人間でありながら同じ人間の存在を知らぬとは考えられん話じゃ。よほど隔離した場所か、他種族に育てられたとなれば話は別じゃがな」

 だから結論として、此処とは異なる世界から来訪したのではないかと、そう推測したのじゃ──。

 ランドはそこで言い締め、一息つくように再度お茶を口に含んだ。

 そして、反応を確かめるように片目を開けて、

「その反応からして、当たらずとも遠からずといった感じですかな?」

 とランドは解答を求めた。

「正直、驚いています。こんな荒唐無稽な話を信じるだなんて……」

「ほっほっ。伊達に長生きはしておりませんわい。大抵の事には動じないだけの心胆を持ち合わせておるのでな」

 とは言え、と続きを紡ぐランド。

「全てを信じたわけではありません。儂は推測だけを述べただけ。子細をつまびらかにするまでは、あっさりと鵜呑みにはできませんな」

 当然の対応だった。ランド自身から提示られた異世界説を言外に肯定した勇士ではあるが、証拠となりそうな物は一切持ち合わせていない。あるとすれば勇士の記憶の中だけと言う不確かなもの。詰まる所勇士は、これからランドが納得できるだけの話をしなければならないのだ。

 できるだろうか。自分みたいなコミュ障に。

 信じてもらえるだろうか。こんな奇妙奇天烈な話を。



 ──違う。そうじゃない。信じてもらえるよう、ぼくが頑張るしかないんだ!



 此処には自分しかいない。桜花はおろか、代わりに説明してくれる者すらいない。

 この先ずっと生き延びていくには、少しでも味方を増やさなければならないのだ。



 ちゃんと、自分の力で──。



「上手に話せないかもしれませんが、聞いてもらえますか?」

 顔色を窺うように上目遣いで訊ねる勇士に、

「無論、元よりそのつまりじゃよ」

 とランドは相好を崩して快諾した。




「此処とは違い、遥かに文明が進んだ別世界に、げぇむとやらの存在。ユーシ殿のご学友。極め付けが迫害……ですか。短い期間にずいぶんと密度の高い出来事に巻き込まれていたんですなあ」

 全てを話し終え、疲れきったように放心する勇士に、ランドは興味深げに感想を漏らした。

 ここまで親交もない人と長々と話したのなんて生涯初ではなかろうか。ランドが的確に誘導してくれたから良かったものの、そうでなかったら何度も脱線する所だった。

「やっぱ非現実的ですよね……」

 渋い顔をするランドに、勇士は消沈とした声を発する。

 勇士にしてみれば、レジェンス・クロニクルに似た世界にいるというだけで非現実的なのだが、ランドにしてみれば──これまでの話を信用してくれているのならば、勇士という存在そのものが非現実なのだ。

「まあ、俄かに信じ難い話ではありますな。ですが……」

 言いながら、囲炉裏にセットされた土瓶へと手を伸ばし、残り少なくなった湯呑に茶を注ぎ足す。

「前にも話した通り、ユーシ殿は誠実な方だと思っております。何より見ず知らずのミウを助けて頂けただけで、十分信用に足りまする」

「族長さん……」

 目頭が熱くなるのを感じた。見ず知らずというなら勇士とて同じハズであろうに、心が歓喜で震えてくる思いだった。

「しかしまあ、不思議な話でありますなあ。魔法陣もなく、勇士殿を召喚した張本人すらいないとは」

 レジェンス・クロニクルにも、精霊や神獣を召喚する際、転移魔法と呼ばれる術を使用される。

 それには特殊な魔法陣だったり高価な宝石だったり──何よりも、契約者となる召喚士が必要不可欠となるのだが、勇士達がこの世界に飛ばされた時も、周りには何もなく、またクラスメイト以外のひと気もなかった。あるのは鬱蒼と生い茂る不気味な木々のみ。

 だったら、一体誰がどうやって勇士達をいざなったのか。本来ならあり得ない事態が実現してしまった不可思議。どうにもそれは、長い刻を生きたランドと言えどあっさり壊滅とはいかぬようだ。

「手掛り無し……か。どうやって帰ろう……」

「まあそう気落ちされるなユーシ殿。元々儂は魔法学に詳しいワケではありません故、人間の住む国に赴いて、調査してみるのもよかろう」

「そうしたいのは山々なんですけど、森から抜ける方法すら分からないんですよね……」

 でなければ、一ヶ月近く死ぬような思いをしながら樹海の中に彷徨ってなどいない。

「ほっほっほっ。ユーシ殿、儂らの事を忘れてはおらぬかな?」

 表情を陰らす勇士に、ランドが高らかに笑って己の顔を指差した。



「これでも何百年とあの森と生きてきた民ですぞ。森を抜け出すなんて儂らにしてみたら造作もないですわい」



「ほ、本当ですか!?」

 ランドの頼もしい言葉に、勇士は目を見開いて驚愕した。

「本当ですとも。森から出たくなったら、いつでも儂ら狼族を頼りなされ。責任を持って村の者に送り届けるよう約束しましょう」

「い、いいんですか? そこまでしてもらっちゃって……」

「何を遠慮なさる必要がある。ユーシ殿は恩人じゃ。これくらいの恩は返させてくだされ」

「ありがとうございます! 助かります!」

 元の世界へと帰れる可能性が極小ながらも出てきた。

 差し当たって、ある程度準備──長期に渡る冒険になるかもしれないし、万全な状態で旅立ちたい──を済ませてから、獣人の誰ぞかに案内してもらって、それから──



 桜花。



 城ヶ崎桜花の凛々しい姿が、ふと脳裏に浮かんだ。

「そうだ……、桜花さん。桜花さんだよ!」

 大切な存在を忘れる所だった。とても世話になった人を忘却するなんて、どれだけ間抜けなのだ。いくら空腹が見たされ、ようやく安堵できる場所へと来れたとは言え、あまりにも愚鈍すぎる。猛省しろ自分。

「すみません! 友達がまだ森の中で彷徨ってるかもしれないんです! どうにかして探し出す方法はありませんか!?」

「うーむ。ユーシ殿の話していたご学友の事ですな」

 熟考するように瞑目して、暫しの間髭を撫で続けながら、不意に瞼を開けてランドは言った。

「正直に申しまして、かなり難しいですなあ。あの森は広大に過ぎる。我ら獣人と言えども、森全体を探すとなると長丁場──月単位は覚悟せねばなりませんのう」

「そう、ですか……」

 渋面になるランドに、力なく呟いて項垂れる勇士。

 そうそう簡単にはいかないか。桜花だって移動しているはずだし、動くものを探すとなると困難を極める。

 だからと言って長々と時間を掛け過ぎると、最悪の場合遺体となって発見されるケースも考えられる。それだけは何としても回避したい。

「何でもいいんです。友達を見つけられる良い方法はありませんか?」

「無くは無い……ですな。もっともこれは伝承のようなもの。しかも封印が施されている場所故、みだりに人を入れるのは……」




「いいじゃんジジ様。ユーシなら教えてあげてもさ」



 ふと玄関袖から聞こえてきた少女の澄んだ声。

 誰あろう──ミウの姿だった。

「おお、ミウ。足の方はよいのか?」

「うん。ちゃんとお医者さんに診てもらったよ。ほら」

 言って、ミウは包帯の巻かれた足を掲げてみせた。

「薬を塗ったらすごく良くなったよ。歩いてもいいけれど、あんまり激しい運動は控えておきなさいって」

 ミウの説明通り、勇士が最後に見た時よりも腫れが引いていた。きちんと治療を施してもらったのだろう。

「そうか。とりあえず一安心じゃな。医者に注意されたからには、はしゃいだりするんじゃないぞミウ」

「分かってるよー。ジジ様はいつも口うるさいなあ」

「口うるさいってお前、儂はミウを思ってじゃなあ……」

「ねーねージジ様、それよりさっさとユーシに教えてあげなよ」

 説こうとしたランドを、ミウが飄々と流してユーシの隣りに座った。

 それも、至近距離で。

「…………ミウ、何か近くない?」

「気のせいだよ気のせい」

「そ、そっか……」

「ホントに、お前って奴は現金じゃのう」

 呆れ混じりにつぶやいて、これ見よがしに溜め息を吐くランド。

「ジジ様! は、な、し!」

「分かっとるわい。そう急かすな」

 バンバンと床を叩くミウに、ランドは居住まいを正して「さて」と話の本筋を戻す。

「ご学友を見つける方法じゃったの。それなら、村の外れにある祠に行かれてみてはいかがかな?」

「祠……ですか?」

「うむ。とある神物が本納してあってな、それさえあればご学友も探せるのじゃろうが……」

「神物って、具体的にどんな感じなんですか?」



「鏡じゃ」



「鏡……?」

 左様、と答えて、ランドは湯呑に口を付けた。

「その鏡に探したい物の名を告げるとな、鏡に探したい物が映ると語り継がれておるのじゃよ。もっとも伝承だけで、実際に見た者は儂も含めて誰もおりませぬが」

「あー、あそこって鏡が祀られてたんだ。ウチも祠に行ったりするけど、封印がしてあって中には入れないんだよねー」

「封印って、魔法か何かで一時的にも解けないの?」

「それが分からないんだよー。昔っからあるんだけど、解き方とか誰も知らないんだよね」

「ミウの言う通り、歴史ある祠なのじゃが、何分にも文献が少なくてのう。解呪する方法がどこにも記載されておりませんのじゃ」

 聞けば聞くほど勇士の手には余る話だった。ランドにすら分からないものを、勇士がどうにかできようはずもない。桜花探しは早くも暗礁に乗り出してしまった。

「桜花さん……」

「? オーカって誰?」

 誰に聞かせるわけでもなかった彼女の名前を、そばにいたミウが耳敏く聞き返す。

「ああ、ぼくの友達だよ。ほら、はぐれたって言った人」

「あー、あの時の。なに、ひょっとして女だったりするの?」

「当たってるけど……何でちょっと不貞腐れたような顔してるの?」

「べっつにー」

 ぷいっと顔を横に向けるミウ。ワケが分からない。機嫌を損ねるような真似なんてしただろうか。

「まあ、ダメで元々。明日にでも行かれてみてはいかがかな? 一見の価値はあると思いますがの」

「そうだよユーシ! 今日はしばらくここで泊まっていってさ、明日にでも行ってみようよ。ウチ、案内してあげるー!」

 ついさっきまで何故かむくれていたミウが、ころっと満面の笑みを咲かせて勇士の腕に抱きついてきた。まるで不安定な山の天候のようだ。雨が降ったかと思えばかんかん照りの快晴となる。



 ──妹がいたら、きっとこんな感じだろうなあ。



 勇士はひとりっ子なので、兄弟で遊んだという思い出は勿論無い。けれどミウの明け透けな好意は素直に嬉しく思う。もしミウが妹だったら、我ながら溺愛してたに違いない。

「あ、でもいいのかな。突然厄介になっちゃって……」

「ほほほ。遠慮なさるな。空き部屋ならいくらでもありますしな」

「泊まっていきなよユーシ! ユーシだってすごく疲れてるんでしょ?」

 確かにその通りだ。ろくな寝床にも付けず、昨日から今日にかけては昼夜問わず歩き尽くめだったので、心身共にヘトヘトだった。

 それに。

 久方ぶりとなるこの温かな厚意に、抗えるはずもなかった。



「……それじゃあ、少しの間だけお世話になります」



 謝礼を述べて、勇士は深々と頭を下げた。



 

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