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晴れた夜の星は輝く  作者: YUNO
2章 彼女は知る
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<彼女と彼のこれから>



 「あの、・・・手を繋いでも、・・・?」

 「あ、ああ。」


 隣で仏頂面をしている彼は、先日わたしが告白した相手である、ローランド・タリスだ。大きな体に、大きな手、だけれどその性格は、不器用だけれどとても優しいということをわたしは知っている。恐る恐る手を握ってみると、その手はやはり大きくて、でもあたたかかった。

 あの告白のあと、返ってきた返事はわたしが求めていたものではなかった。でもそれは聞きたくないと思っていた言葉でもなかった。つまりは、「分からない」と、そう言われたのである。わたしのことをよく知らないし、答えようがない、と。それもそうだと思いながらも、それでも断られはしなかったと上機嫌になったわたしは、「ではお互いのことが分かるように、一度ふたりで出かけましょう」と、誘いをもちかけたのである。


 「ローランドさんの手は、とてもあたたかいですね。わたしは冷え性だから、いつも冷たいんです。」

 「そうか。俺は冬でも手先が冷えるなんてことはあまりないな。」

 「それ、とってもうらやましいです!いつもローランドさんが近くにいてくだされば、わたしは寒い思いはしないで良いってことですね。」


 こんなふうに、少し積極的に話をふれば、途端に彼は無口になる。それは一見、怒っているようにも見えるけれど、ふと見上げれば頬が少しだけ赤くなっているから、ああ、照れているのだなと、嬉しくなるのだ。


 「ムーア殿は、言葉遣いがとても綺麗だと、思う。それに今時めずらしいほど、礼儀が正しい。」


 先ほど褒めるようなことを言ったからか、今度はそんなことを言われて、思わず胸が跳ねた。だけれど、すぐに萎んでいく。なぜならわたしはわたし自身のことをそんな風に思ったことが一度もなかったからだ。それにローランドさんがそういう風に言ってくれるのは、わたしが彼の前で猫を被っているせいだ。だって彼の前でいつもみたいな自分を出したら、きっと、嫌われてしまう。


 今、わたしたちが来ているのは、いつも食堂の買出しのために訪れている、街の市場だった。毎週一度、大きな市が開催されるそこは、一本の大通りを丸々使いきって、百をも超える小店舗が商いをしている。いつもたくさんの客があふれているため、買出しにはかなり体力を使うけれど、でもわたしはそんな雰囲気も好きだった。なんだか、みんなの活気が見える気がして。


 「今日は、菓子の材料を買うと言っていたか?」

 「はい。アリシアや他の同僚のために作ろうと思っているんです。もちろん、ローランドさんにも。」

 「・・・そうか。それは楽しみだ。」


 そう言った彼の表情は、少しだけ柔らかく見えた気がして、とても嬉しい気持ちになる。それをどうしても彼に伝えたくて、思わず握った手に力を込めた。そうすると、僅かだけれど、同じように握り返された気がした。このまま、ずっと繋いでいられたらいいのに。なんて、そう思った。


 だけれど、わたしは、その手を離してしまった。


 わたしのすぐ隣にいた男の人が、屈んでひとつの店の野菜を手にとって見ていた女の人の鞄から、何かを抜き取ったのを見てしまったから。

 すぐにそれが、財布だと分かった。そしてそれをポケットに入れようとしたのを見た瞬間、わたしは思わずローランドさんの手を離して、その男の人に向かって走り出していた。


 「!ムーア殿、・・・どこへ!」


 すぐに後ろから声が聞こえたけれど、そちらに気がいかなかった。人を避けるように、だけれどかなり早いペースで前を行くその泥棒を捕まえることに、頭がいっぱいだったからだ。


 「待てーーーー!!!この盗っ人ーー!!」


 すぐ手がその男の人の背中に届きそうだと、そう思って叫んだら、あと少しのところでその泥棒は走り出してしまう。逃がすものかと、後を追うけれど、その差はなかなか縮まらない。


 「待ちなさいよ!!あんた、泥棒は立派な犯罪なのよ!!止まりなさいよ!」


 大声で呼びかけるも、当たり前のことながら泥棒に止まる気配はない。そろそろ走り続けるのにも限界が来ていた。今日はおしゃれをしてあまり履き慣れていない新しい靴を履いていたから、足が悲鳴をあげているのにも気付いていた。

 もう、だめなのか。そう思ったとき、隣を何かがものすごいスピードで通り抜けた。そしてその後姿を捉えた途端、それがローランドさんだということに気付く。そしてそのまま彼は泥棒との距離を狭めていき、ついにはそれを捕らえた。軽々と泥棒の腕を掴みあげて、まったく息を切らしている素振りもない彼に、思わずまた惹かれていく。でも今は、そんなことを言っている場合ではない。


 「あんたねえ!やっていいことと悪いことがあるでしょう!ちゃんと盗んだもの、出しなさいよ!」


 そう言うと、泥棒を締め上げるローランドさんの手にも力が入ったようだった。泥棒は少し呻いた後、素直にポケットから財布を出して、それを地面に落とした。すぐにそれを手に取り、元の持ち主に返す。どうやら持ち主も、財布を取られたことに気付いてこちらへ来ていたようだから、すぐに返すことが出来た。何度も何度もお礼を言ってくれた。

 そして再び視線を泥棒に戻すと、どうやら誰かが警官を呼んできてくれたらしく、既にローランドさんが事情を話している最中だった。その間中、あまり反省を見せないその泥棒にとても腹が立って、何か文句でも言ってやろうと、そう思ったとき。


 「お前にも事情があったのかもしれない。けれど、被害者には事情なんて関係ないんだ。そこで反省出来ないようなら、お前は何度でも同じことを繰り返すだろうな。そしてその内、大事なものを失うだろう。」


 ローランドさんが、そう言った。普段あまり多くを語らない彼が言ったその言葉は、とても重たくて、そしてとても大事なことに思えた。

 それを聞いた泥棒がどう思ったかは分からないけれど、彼の吊り上った眉が少しだけ緩められたように、その心に響いていることを願うのみだった。





 「あの、・・・」


 ああ、とても気まずい。わたしは彼に、言葉遣いが綺麗だと、礼儀が正しいと、そう褒められたばかりだった。いくら泥棒を捕まえるのに夢中だったとはいえ、汚い言葉遣い、スカートを気にもしないで全速力で追跡、そして何より、ローランドさんのことを放っていったこと。どれを取ってもわたしの行動はとても褒められたものじゃないことは分かった。

 だけど、それも今更だった。普段のわたしなんて、こんなものなのだ。彼の前で取り繕っていたところで、それは本当のわたしじゃない。


 「・・・お分かりになったでしょう?わたし、本当はこういう性格なんです。とてもじゃないけれど、ローランドさんには釣り合いません・・・」

 「・・・ムーア殿・・・?」

 「言葉遣いも悪いし、礼儀も正しくありません。」

 「いや、それは、」

 「だけど。だけどこれが本当のわたしなんです。あなたには、ちゃんとわたしを知ってもらいたい。だからわたしにもっと、時間をください。」


 そう言い切ると、彼は切れ長の目を丸くしてみせた。何か見当違いのことでもあったのだろうか、それともわたしの言ったことが理解出来なかったのだろうか。きっとわたしがそのまま身を引くと思ったのだろう。しかし申し訳ないが、わたしは諦めの悪い性格なのだ。


 「ムーア殿の良さは、・・・もう充分、承知している。」


 しばらく沈黙があったあと、呟くように、彼は言った。少しだけ顔を赤くした彼はそのあと、わたしが泥棒に立ち向かったことを褒めてくれた。言葉遣いも、礼儀の良さも、気にしないと、そう言ってくれた。だけれど今度こんなことがあったら、迷わず自分を頼るようにと、そうも言った。

 そんなことを言われている内に、わたしの都合の良い頭は、勝手にひとつの結論を予想し始める。そして待ちきれずに。


 「じゃあ、わたしと恋人同士になっていただけますか?」


 真っ直ぐ見据えた真っ赤な彼から言葉が発せられることはなかった。だけれど、いつの間にか再びつながれていた手の平に力が込められたのを感じて、わたしはついに、喜びを噛み締めたのだった。




第二章、終わりです。

ちょっとお転婆なマーガレットと、寡黙なローランドは、不似合いなように見えて、実はバランスが取れているのかもしれません。

きっとこれからもこんな風に勝手に落ち込んだり好きになったりしながら続いていくのだと思います。


次のお話からは、第三章になります。

次のお話も皆様に読んでいただけますように。

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