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第四十五話 出迎え


 ソルレイスの村近くの森へ到着したのはそれから二日後のことであった。

 ユイと二人のときから比べると倍以上かかっているが、道すがら道路をならして来たことを考えればあまりある速さであろう。

 今回来たルートを使うなら、騎馬なら3日とかからないはずだ。

 馬車なら、一週間とみるべきだろうか。


「おっ! 気づいたか」


 複数の気配が村へと動き出すのを感知したエルロイはにやりと笑う。

 おそらくは魔物に対する警戒部隊が、エルロイたちを発見し、トルケルに知らせに行ったに違いなかった。

 周囲の警戒を怠らず、決して油断しない。軍事指揮官としては得難い性格である。

 例えばロビンなどはどんどん弓の腕をあげ、トルケルにも負けない一級品の戦士にはなれるが指揮官には向かない。

 これはその人間の才能があるかないか、ではなく、向いているか向いていないか、だ。

 生まれながらに命令することに慣れている王族の血がそうさせるのかもしれないが。


「救世主殿~~~~!!!!」

「この声は……リグラドか?」


 いったいどうやって気づいたのか。

 先にエルロイたちのもとへ駆けつけたのはトルケルではなく、ドワーフの里長リグラドであった。

 巨体を揺らして突進してくる様子は、興奮で鬼気迫りまるで攻撃してくる魔物のごとくである。

 ガリエラとベアトリスが警戒態勢に入ったので、慌ててエルロイは彼が保護下のロプノールの里長であることを伝えた。


「ずいぶん特徴的なドワーフなのですねえ」


 ベアトリスはかつて王妃であった時代に様々なドワーフを使役した経験があった。

 確かに偏屈で個性的な傾向はあったが、よくよく見れば主人に尾を振る大型犬のように見えるから不思議である。


「救世主殿! またのお越しをこのリグラド、一日千秋の思いでお待ちしておりましたぞ!」

「ありがとう。まさかそこまで期待されているとは思わなかった」

「救世主殿を思うと、胸は高鳴り、夜は眠れず、食欲は減退し、なんでもないことがたまらなく憂鬱に…………」

「思春期かっ!!」


 だからそんな熱い目で見るな!

 いけない趣味にでも目覚めたのではないか、というエルロイの疑惑はすぐに晴らされることとなった。


「それで救世主殿! 酒は? 新しい酒はまだでございますか??」

「欲望に忠実だな。リグラド」


 リグラドが――おそらくはロプノールの里の全てがであろう――極度の興奮状態にある理由は、酒にあったのだ。

「千年先の酒を魅せてやる――――」などと大見えを切ったせいか、ドワーフの期待もうなぎ上りであったらしい。


「いろいろと製作中だが、まずはこれだな」


 この世界の酒は、まず基本的にエールと果実酒である。

 最古の酒は蜂蜜酒ミードだと思われるが、やはり材料の点で大量生産が難しい。

 同時に小麦が原料であるエールも、食糧事情が悪いと造ることができなくなってしまうのだ。

 そういう意味では果実酒――南方ではワイン、北部においてはリンゴシードルが主流であった。

 これらを蒸留した酒精強化型がコニャックなどに代表されるブランデー、リンゴ酒においてはカルヴァドスとなる。

 だがただ蒸留したから酒がうまくなるというわけではない。

 分解と発酵、熟成という過程のなかでこそ酒造りのうまさが問われることになる。

 本来は熟成には何年も――ものによっては数十年の熟成が必要になるのだが、エルロイはスキルによって熟成を促進した。

(本来なら樽にも拘りたかったが)

 熟成に使われる樽も品質は千差万別である。

 クーパーと呼ばれる専門の樽職人が作り上げたホワイトオークの樽であれば、それだけで味が保障されると言われるほどだ。

 もっともそうしたこだわりをこの世界で生かせるのは、ずっと先のことになるだろうが。


「こ、これが……救世主殿の千年先の酒!」


 震える手でリグラドはエルロイから小瓶を受け取った。

 今回造ったのは一般的なシードルを樽熟成したカルヴァドスであるが、エルロイのスキルによって十年近い熟成ものと同等の仕上がりとなっている。


「味見をさせていただいても?」

「量が少ないからな。自分で独占するようなことはするなよ?」

「………………もちろんです」

「今の間はなんだ?」

「酒の誘惑だけは……もちろん我慢いたしますが」


 おしいただくようにしてリグラドは小瓶の蓋を開けた。


「行きます!」


 覚悟を決めた男の顔で、リグラドは小瓶に口を近づけた。

 もしこの酒がレベルや学年を下げる毒であっても、自分は決して後悔しないだろうとリグラドは思う。


 ――――グビリ


「う~~~~ま~~~~い~~~~ぞ~~~~!!!!!」


 濃厚で芳醇な香り。

 そして喉を焼くような高アルコール感。

 肺腑から鼻へと抜けるような圧倒的な戻り香。

 心地よい甘味はかつて味わったことのない奥行きがあり、焙煎したような香ばしさと蜂蜜のようなねっとりした甘さが同居している。

 フレッシュな果実酒もよいが、こうした熟成の素晴らしさをリグラドは初めて体験した。

 魂が望むままに、そのまま小瓶の残りを飲み干そうとして――――


「悪いがここまでだ」

 あっさりとエルロイに奪われて、リグラドは子供の用に瞳を潤ませる。


「殺生です! 殺生ですぞ救世主殿~~~~!!!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 実の所、熟成って超音波当てる事で期間短縮出来るんだよなあ(目反らし
[気になる点] 蟹は大人気なのに学年を下げる毒に反応する人がいないこと。紅茶じゃないから?
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