氷の魔術の名貴族
「ちっ……」
短い舌打ちが聞こえてくる。
壁にもたれ掛かり、腕を組んでいる男、ルーファウス・アンデスタからだ。
控室も人がほとんどいなくなった。
壁にもたれているルーファウス。
俺の隣に座るニーナ。
ニコニコしながら足をぶらぶらさせ後方に座るリオ・ファダラス。
そしてそれに俺を合わせた四人だけだ。
とうとう準決勝だ。外から聞こえる歓声は凄まじい。
ここから先は、レグラス魔術学院新入生のベスト4ということになる。
「緊張してくるね、ノア君」
少し強張った声で、ニーナは俺に言う。
「まあしょうがねえさ。落ち着けよ。相手は俺だぜ? いつも通りの力を見せてくれよ。いい勝負は出来るかもしれねえぜ?」
「はは、確かに相手がノア君だと思うと不思議と落ち着いてくるかも」
「まあ実戦じゃそうはいかないけどな。今日は祭りだぜ? 全力で楽しんでいこうぜ」
すると、ニーナはニコっと笑う。
「そうだね。きっとここまでこれたことにうちの両親が一番驚いてると思う。勿論組み合わせの妙もあったけど……でも、最後まで胸を張って戦うよ!」
「その意気だぜ」
「さすがはニーナ様。そんな平民なんぞあなたの高貴な召喚術で叩き潰してください」
と、ルーファウスは口を挟む。
「もうルーファウスさん、まだそんな……」
「まあ待てよニーナ。察してやれ」
「ん?」
「ルーファウスもテンパってるってことだ。なんせ相手は優勝候補のリオ・ファダラス。噂以上の実力に緊張してんのさ。せめてもの落ち着く手段としてちょっと口が悪く成ってんだよ」
「なっ……貴様……!」
ルーファウスは少し顔を紅くして拳を握る。
「無礼な……この俺様が緊張? はん、言わせておけば。いいか、ここで勝って、そして決勝でも勝ち抜くのはこの俺だ。ニーナ様が負けることはないだろうが、万が一貴様が上がってきても、決勝であの時の雪辱を果たすだけだ」
「おうおう、言うねえ。だったら、次は勝たねえとなあ」
「……当然だ。俺はルーファウス・アンデスタ。氷魔術で五本の指に入る貴族の息子だぞ」
すると、後ろで座って居たリオ・ファダラスが急に笑い声を上げる。
「キシシシシシ!! 面白い。悪いけど僕はノア・アクライトにしか興味ないんだあ。他は有象無象だよ」
「あぁ? 小娘がなめるなよ」
「小娘? どこだろう」
リオはキョロキョロと周りを見回す。
完全にルーファウスをおちょくっている。
こんなこと、プライドの高いルーファウスが許せるはずもなく……。
「小娘が……いいだろう、氷漬けにしてやる。重力だか何だか知らないが、この俺には効かないと思え」
「キシシ、強がっちゃって。僕の相手が務まるといいけど」
どうやらルーファウスの調子も戻ったようだな。
どれだけやれるか見せて貰おうか。
◇ ◇ ◇
「それでは、準決勝第一試合! ルーファウス・アンデスタ対リオ・ファダラス。両者準備はいいですか?」
「当然だ。早く始めろ」
「せっかちだなあ、どうせ僕にやられるのに」
「言ってろ小娘。そのツインテールを両側から引っこ抜くぞ」
「はあ? 僕のチャームポイント引っこ抜くとか大罪なんですけど」
リオは顔を歪ませる。
「早く始めよう。さっさとぺちゃんこにしたくなっちゃった」
「……それでは、準決勝第一試合――開始!!」
瞬間、リオはすぐさま手をルーファウスに向けてかざす。
「"グラビティ・ボール"!」
地面を抉り取る程の、球状の重力圧。
これをまともにくらったらいくらルーファウスでもただでは済まない。
しかし、ルーファウスの周囲は一瞬にして巨大な氷の塊に囲まれていた。
その上部分にリオの重力は弾かれ、その中で立つルーファウスは余裕の笑みを浮かべる。
「届いてないぞ、ツインテール。その程度か?」
「生意気……!」
「なっ……!!」
刹那、リオの方にルーファウスの身体が一気に引き寄せられる。
クラリスでの戦いでも使わなかった、横の重力攻撃。
リオの怒りをかったのが分かる。
この闘いのリオは少しだけ本気だ。
一気にリオの眼前にまで吸い寄せられたルーファウスは、その勢いのままにリオのボディブローをもろに受ける。
「ぐっ……!」
「か弱い女子のパンチで苦しまないでよまったく」
重力での速度の乗ったパンチは、通常では考えられないほどの威力を誇る。
リオの近接戦闘は、威力はないが重力魔術との相性が完璧だった。
通常の魔術師では、自分に何が起こっているか分からないうちにボコボコにされて終わる。
だが――。
「ア……"アイスロック"!!」
後方の魔法陣から飛び出した氷の塊が、リオに襲い掛かる。
それをすぐさま、リオは"グラビティ・ボール"で叩き落す。
その一瞬の隙を突き、ルーファウスはリオの重力圏から転がり出る。
自身の魔術の中でも上位の威力を誇る魔術を犠牲にしての脱出。しかも、その魔術はリオの常用魔術で粉砕された。
ルーファウスは焦っていた。この数手の戦いで既に分かった、予想以上の実力差。
上からの重力対策は最初の"アイスキングダム"で十分だと思っていた。しかし、予想外の横からの重力。
思い出されるのは、何もできず圧倒されたノア・アクライトとの戦い。
もう、あんな思いはごめんだと、ルーファウスは嫌いな訓練を繰り返してきた。ノアへ再挑戦するために。
その切符が目の前にあるというのに、自分の不甲斐なさに苛立ちを覚える。
もっと早く始めていれば。そう思わずにはいられなかった。
「そうか……まあ、仕方ないな」
「ん? 諦めたか?」
ルーファウスは覚悟を決める。その顔には、いつもの不遜な表情は浮かんでいなかった。
対ノア・アクライト用。決勝戦のために温存していた魔力を全てここで出し切る。
後のことは考えない。
アンデスタ侯爵家の男として、目の前の敵を粉砕する。
ルーファウスは、この闘いで一皮むけようとしていた。
「俺はアンデスタ侯爵家が次男、ルーファウス・アンデスタ……! 魔術の名門にして侯爵! そのプライドにかけて……全身全霊をもって貴様に挑む……!!」
「へえ……言うじゃん」




