絲姫
――その派閥には、多くの有力貴族が所属していた。
そのため、学内の各要職や組織にメンバーが所属しており、ある程度のコントロールが可能となっている。
工房区のラボごとの予算作成、貴族階級だけが参加できる魔術研究会、テトラルクスの選考基準……。様々な場所へ影響力があるのが、この貴族主義派閥だ。
彼女たちは放課後定例的に集まり、学院についての議題を持ち寄る。すべてはこの学院での貴族の生活の向上と、魔術技術の研鑽、そして卒業後のコネクションの開拓だ。
今日も彼らは、工房区の一角にある彼女の工房に集まっていた。
「最近、煩いのが出てきたみたいね」
柔らかそうな一人掛けソファに座り、彼女は足を組みそう口をこぼす。
長いブロンドヘアに切れ長の目、蒼い瞳。
短いスカートから延びる、薄茶色のストッキングを履いた長い脚。制服のシャツを張り上げる大きな胸部と、その下のくびれを描く曲線。
誰が見ても圧倒的な美人だと評する彼女は、続ける。
「ノア・アクライト……だったかしら」
「そうです、リリベルさん。調べましたけど、アクライトなんて家、貴族にはありませんね。過去百年さかのぼっても、王都に居たのは一人だけ。その女性も貴族ではないので、どのみちですね」
報告を聞き、リリベルはふむとため息を漏らす。
「学院の秩序が崩壊しかけているわね。ここ数日だけで、平民の生徒が活気づいている。調子に乗りすぎね」
ええ、そうです。と、周囲を囲む生徒たちが同調する。
「公爵令嬢に帝国の皇女……。いろいろと味方に付けて、彼を崇拝する集団まででき始めている。明らかに政治的意図が見えるわね。それにここにきて平民を中心とした派閥の形成と、発言力の向上。少し度が過ぎるわね」
「我々の脅威となるでしょうか?」
「いずれはね。たかが歓迎際で優勝したくらいで、天狗になりすぎているみたい。多少一年で傑出した程度でその気になるようじゃ、所詮その程度ね。魔術はきっかけさえあれば一気に伸びる。二年以上に、彼以上はゴロゴロいるでしょうね。平民という肩書が、平民たちに夢を見せて呼応しているのかしら。……ドマやハルカが目をかけているのも目障りね」
ため息交じりに、リリベルは言う。
ドマやハルカは派閥に靡かない実力者たち。
彼らの存在は、派閥を束ねるリリベルにとって常に目の上のたんこぶであった。それがここにきて、ノア・アクライトを推し始めている。
「長い歴史を持つこの学院は由緒正しき学び舎。特別に存在を許されているだけの平民が、秩序を乱すなんて許されないわ」
「その通りだ! 我々貴族こそが、魔術師として格式高いんだ!」
「平民にでかい顔をさせてはいけない! すぐ増長するぞ!」
リリベルの言葉に、部屋はヒートアップする。
「……とはいえ、ただ注意を促しても意味はないわ。平民たちは今まさに千載一遇の好機だと盛り上がっている。このままいけば、風向きが変わりかねない。いくら掲げた御旗が小物でも、それを妄信する信者がいれば関係ない」
「では、トップを叩くんですか?」
「それで大抵は目を覚ますでしょうけど、それは最終手段。まずは、彼らの評判から叩き落して、空中分解させましょう」
そういって、リリベルは不敵な笑みを浮かべる。
リリベル・アナーシア。北西部に広大な領地を持つアナーシア侯爵家の長女。
徹底した貴族主義であり、その主義を肯定し発言出来るだけの権力と実力を併せ持つ。
前年度、二年生にしてテトラルクスに出場した天才であり、その魔術の実力は折り紙付き。
一方で狙った獲物は逃さず、獲物を逃さぬ陰湿さから彼女は<絲姫>という二つ名をつけられていた。
「さて……身の程を弁えてもらおうかしらね」




