テトラルクス
「そういえば、テトラルクスももうじきだな」
「テトラルクス?」
「ん? なんだ、知らんのか?」
ドマは意外そうな顔で俺を見る。
「そういうのには疎いもんで」
「そうか。お前なら気に入るだろう」
「儀式か何かっすか?」
「ふはは! かつてはそうだったらしいが、今は違う! 血沸き肉躍るイベントよ!」
そういって、ドマはドシッと俺の背中を叩く。
「冬にかけての長期戦になるぞ、お前にとってもこの一年の集大成となるだろう!」
「へえ……」
集大成ね。
「ノア・アクライト! お前が俺たちと肩を並べられるか、見ものだな。楽しみにしているぞ。まあ、歓迎祭の出来栄えを見れば明白だがな!」
ドマ先輩はまた高笑いをする。
「いい加減、そんな大声出してると怒られますよ」
「おっと、そうだった。俺には静かなところは似合わん。――それじゃあな、ノア・アクライト。いずれ俺たちもまみえるだろう」
そう言い残し、ドマ先輩は図書館を後にした。
シーンと静まり返った図書室には、普段の平穏が戻ってくる。
存在するだけで威圧感がある男だ、周囲の生徒たちの胸をなでおろす音が至る所から聞こえてくる。
まったく……相変わらずだなあの人。
テトラルクスか……あの言いぶりからして俺とドマ先輩が戦えるようなチャンスがあるってことか。
「さて――……ん?」
「キャッ!」
俺が視線のする方へ向くと、本棚の死角にいた少女二人が、恥ずかしそうにさっと身を隠す。
そして、二人でクスクスと笑いあいながらその場を駆け足で去っていった。
「な、なんだ……?」
なんとも変な感じの注目のされ方だったが……。
どうにもここ数日視線を感じるが……気のせいか? そんなわけねえよな。
しかも休み前に感じた視線とはまた違うような気もするが……。決闘を申し込まれる、というのともまた違う感じだ。
ドマ先輩が怖くて覗いてたのかもな。
「――まあ、いいか。考えてもしょうがない」
敵意のある視線でもないし、別に気にする必要もない。
俺は気を取り直し、図書室を後にした。
◇ ◇ ◇
ドマの言っていたテトラルクスとはまさにタイムリーだったようで、担任のエリスは翌日朝のホームルームの時間を使い説明を始める。
「カーディスからドレスロア魔術学校、ロンムル魔術学院。スカルディアのレグラス魔術学院とイースヴァルツ魔術学園。これらは古くから交流を続けてきた歴史ある魔術学校よ」
イースヴァルツは聞いたことがある。スカルディアでレグラスに次ぐとか。
確かレグラスより、より学問に寄った授業をしているらしい。
シェーラはレグラス一択だから! とはなっから選択肢から外していたが。
「遥か昔、四校で執り行われていた魔術的儀式がルーツとされているけれど、今では各国、各校のパワーバランスを決める歴史ある催しとなっているわ。それが、”魔術覇戦祭”――通称、テトラルクス」
「うおおおおお来たぜええええ!!!」
アーサーはこぶしを握り、雄たけびを上げる。
どうやら大興奮の催しらしい。
それに続くように、クラス中からも興奮の声が上がる。
「おいおいノア! テンション上げてけ!?」
アーサーは憐れむような視線を俺に向ける。
「ようは交流試合ってことか? この間ドマ先輩にちらっとは聞いたけど、詳しくは知らねえな」
「おいおい、そんな知識で大丈夫か? これは歓迎祭どころじゃない大騒ぎだぜ? よく今まで知らずに生きてこれたもんだ」
「まあ、田舎なもんでね」
「魔術覇戦祭は由緒正しい、国を跨いだ四校での交流戦。この戦いでの勝利は、それすなわち最強の魔術学校であることを証明するわ。レグラスは今二連覇中。三連覇は必須。だから、毎年学院全体でサポートして、全力で勝ちに行くの。少なくとも、スカルディアから優勝校を出さなくてはならない。これは、この国の魔術師であれば絶対に死守しなくてはならない至上命題よ」
国の威信をかけた戦いってことか。同盟国とはいえ他国だ。魔術の力ではこちらが上であると、相手に認めさせるのも外交の一つってわけね。
「魔術覇戦祭には個人部門、団体部門の2部門があって、それぞれ本番は年明け。それまでに、校内での選考を経てこの学院の代表を決めるの」
校内での選考……徹底した実力主義ってわけか。
てことは、これには2年以上も参加してくるのか。
つまり、今まで以上にレベルの高い対人戦が楽しめるというわけだ。
この間の”黒き霧”の一件でも、結局最後は魔物と戦ったし、そろそろ人間と戦わないとと思っていたところだ。
「お、ノアもやる気出てきたか?」
わずかに口角を上げた俺に気付いたアーサーが、にやにやと俺を見る。
「まあな」
「そうこなくっちゃ!!」
「レグラス魔術学院だからといって、一筋縄ではいかない相手がそろってるわ。だからこそ、この学院の最強メンバーで挑む大一番なの。例年、本番参加枠は2、3年の生徒で占められるわ。それだけ激しい競争になるし、この選考で大怪我をする生徒も少なくない。君たちが参加できる可能性は限りなく低いわ」
「だが逆に言えばよお、選考で上級生をぶっ飛ばせば、そのまま俺が学院最強として魔術覇戦祭に出れるってわけだろ? わかりやすくていいねえ!」
ヒューイがくっくっくと笑う。
「自信満々ね。けど、その通り。学年なんて関係ない。この学院を勝たせることが出来る最強を選ぶの。そんな、この学院の上澄み中の上澄みに、うちのクラスから代表生徒が現れてくれたら私も鼻が高いわね」
そういって、エリスは小さく笑う。
どうやら、それはあの歓迎祭を経てなお、現実的ではない夢のような話らしい。
よほど2、3年は化け物ぞろいらしい。
そしてそれを知ってなお、一筋縄ではいかないと言わせる相手。
「……いいね、面白くなってきた」
選考があるなら、俺にもチャンスがある。
対人戦を極めるという俺の課題……この戦いに参加するのはほぼ必須だ。ここで結果を出せば、国を超えて一気に俺の知名度が上がるはずだ。
狙うは個人戦での出場だな。




