久しぶりの学院
レグラス魔術学院は昨日で長期休みが終わり、全ての生徒たちがこの学院へと戻ってきた。
もぬけの殻だった寮も活気を取り戻し、相部屋のリックも気分転換ができたようで元気に戻ってきた。
休息するもの、修行するもの、知識を深めるもの。この休みで、それぞれの生徒たちが各々やることをしてきたのだろう。休み前の歓迎祭とは見違えたに違いない。
”黒き霧”との戦いに注力していたこともあり、しばらく張り詰めた状態だったが、ニーナやアーサー、クラリスたちとの休暇を短いながらも満喫し、俺はまた普段通りの日常に戻れそうだった。
全校集会としての学院長の挨拶も早々に終了し、俺たちは休みあけ最初の授業へと向かっていた。
「久しぶりの学院で何だかドキドキするね」
ニーナは少し落ち着かない様子で言う。
「そうか? まあそうかもな。こんなに人が多いのも久しぶりだしな」
「うおおお、今日から俺の伝説が始まるぜノア!」
休み前の数倍元気になったアーサーの目が燃えていた。
「うっさいから、朝から」
このやりとりも何とも久しぶりだ。
やっぱり学院の中だとまた違うもんだな。
「クラリスちゃんもテンション上げてこうぜ!」
「はいはい、あんたこそ空回りすんじゃないわよ、休み明け早々」
「まあ見てなって。さて、初っ端の授業は演習場か。いきなり体を動かさせてくれるのはありがてえ!」
「――ノア・アクランド!」
不意にそんな元気な声が後方から聞こえ、俺たちは振り返る。
そこには、その元気な声と共に、左右の大きなツインテールがブンブンと振り乱れる。
「……リオ・ファダラス!?」
そう叫ぶアーサーを押し除けて、リオ・ファダラスが俺の元へと駆け寄ってくる。
その様子を、ニーナとクラリスが何とも恐ろしい目で見ていたように感じたが、気のせいだろうか。
「またお前か。久しぶりだな」
「ちょっと、何で僕の家に来なかったのさ〜!」
そう言って、リオファダラスはむすっと頬を膨らませ、俺の腰あたりをツンツンと突く。
「何それ、約束してたわけ!?」
「そ、そうなの、ノアくん!?」
「してねえって。お前たちの前で断っただろ。なあ?」
すると、リオ・ファダラスはムムッと眉間に皺を寄せる。
「そうだけど! そこは、あえて断って、サプライズで僕の家に来る伏線だったでしょ!!」
「やめろ謎の理論は!」
「待ってたのに」
そう言ってリオ・ファダラスは泣きまねをする。
「ウソ泣きはやめろ」
「――ふん、まあ許すけどさ、全く。次は絶対来てもらうからね」
「考えておく」
すると、リオ・ファダラスはパァっと顔を明るくする。
「本当!? 絶対だからね! 約束だからね!」
リオ・ファダラスは満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに去っていった。
一体何でこんな好かれてしまったのか……。まあいいんだけどさ。
その去っていく背中を見つめながら、アーサーが声をかける。
「ノアよ……お前、行ってやれよ……?」
「何でだよ」
「あんなにウキウキしてたらなんか可哀想になってくるだろうが!」
「どっちの味方だよ……」
「俺は女の子の味方だ!!」
「「はあ?」」
と、背後から同時に二人の少女の声が聞こえ、アーサーは苦笑いを浮かべる。
「……さ、さあ行こうぜ演習場。楽しみだなあ〜!」
◇ ◇ ◇
「さあ、お互いの魔力を感じて! 会話しながらもちゃんと相手の魔力を意識すること!」
魔力操作の授業の先生であるクルエル・ホーンは、俺たちAクラスを見回しながら叫ぶ。
魔術を上手く使うと言うのは魔術師にとって大事な要素だが、対人という意味ではこの魔力を読み取るという動作も重要になってくる。
俺ほどの魔力探知となると並大抵の人間では不可能だが、お互い近接戦闘ができるくらいの間合いであれば、相手の魔力を察知するというのは難しくはない。
「なんでてめえとなんだよ」
ヒューイは苛立たしげに歯を食いしばる。
髪は少し伸びたようだが、その鋭い目つきは健在だ。
「ランダムなんだから仕方ねえだろ」
「わかってんだよ。てめえとはさっさと戦いてえんだよ、こんなんじゃなくてな」
そう言って、ヒューイはフンと鼻を鳴らす。
「前期はてめえに置いてかれたが、後期はそうはいかねえぜ。後期からは実戦が増える。そこでてめえを超える」
「おぉおぉ、言うねえ。秘策でもあんのか?」
「ふん、敗北が俺様を変えたのさ。キマイラでてめえに助けられ、歓迎祭でアホのアーサーにやられた。このままじゃいけねえと、この休みで新しい道を模索したのさ」
その顔は、とてもハッタリを言っているようには見えなかった。
こいつも、腐ってもこの学院に入学できるだけの天才……か。
ルーファウスといい、負けるとパワーアップして帰ってきやがる。正直助かるぜ、俺が圧倒的じゃあ、対人戦を鍛えにきた意味がねえもんな。
「そりゃ楽しみだぜ」
「せいぜい余裕ぶってるといいぜ。俺はてめえを超える。……それはさておきだ」
そう言って、ヒューイはじっと俺を見る。
「……なんだよ」
「あー何つうか……お前よお……アイリス様とはまだ連絡取ってんのかよ」
「はあ? とるわけないだろ、一国の姫様だぜ? 無理だっての」
「冗談言うんじゃねえよ、絶対取ってるだろ羨ましい!!」
「アーサーみてえなこと言うんじゃねえよ!」
まじかよこいつ、このイカつい顔でアイリスのファンかよ!
「い、一緒にすんじゃねえ!」
ヒューイは少し恥ずかしそうに叫ぶ。
「俺はなあ――」
「こらそこ! ちゃんとやってるのか!?」
「「!」」
クルエル・ホーンの檄が飛び、俺たちは顔を見合わせる。
「てめえのせいだろうが、ノア……!」
「お前だろうが……」
「全く、休み気分が抜けてないんじゃないか!? ノア・アクライト、私の魔力を答えてみろ!」
言われて、俺はサッと先生の魔力を探る。
「右腕に3、頭に2、残りを体全体に均等に……っすかね」
「ふん……正解だ」
おぉ! とクラスからどよめきが上がる。
これくらい簡単なんだけどな。
魔力は体に漂うものだから、体内でその流れを偏らせることができる。
魔術の発動時にも意識する必要がある技術だが、なくても発動はできるから意外と疎かにしている魔術師も多い。
「ヒューイ、お前はどうだ?」
「ぬ……あ、頭に5……」
「違う! お前は腕立て100回だ!」
「ちくしょう……!」
ヒューイは俺を睨みながら、腕立てを始めた。
魔力の操作や探知はシェーラに最初に叩き込まれたっけ。
そういえば、あの魔女狩りの男が、俺の魔力の流れが魔女と似ているとか言ってたな。あいつの魔力を視る力は、この魔力探知とは完全に別の能力だ。
魔力探知でわかるのは大きさと濃淡、比重くらいで、その能力はまさに”魔力感覚”。言ってしまえば感覚だ。
だが、あいつの力は、俺の魔力の大きさや流れを視覚的に把握していた。
世の中には不思議なも力があるものだ。恐らくあれは魔眼の類か……。
魔力の流れや大きさ、偏りが目に見えるのならば、その戦いやすさは尋常じゃないはずだ。
「魔女……か」
シェーラがそうとは思わないが……調べてみてもいいかもな。




