港町
「おいおいおい、見てみろよノア! キングアギトシュリンプの串焼きだってよ!?」
アーサーは目をまんまると見開く。
「へえ、さすが港町だな。魚介が豊富か」
スカルディア王国東部に位置する街、リクルカン。
そこは、この国で唯一港をもつ街であり、異国の商人の船が絶えず、貿易の拠点となっている港町だ。
街には多くの国内外の商人や旅行客、傭兵や冒険者といった様々な種類の人間が行き交い、王都と比べても引けを取らないほどの活気が溢れている。
俺たちは休みの後半、最後の数日を利用してこの港町へと遊びにやってきた。
「さすが港町安いわね。試しに食べてみなさいよ、アーサー。あんたこういうの食べる機会なんてないでしょ」
クラリスの言葉に、アーサーは青ざめて苦い顔をする。
「いぃ!?」
「何よその反応は」
「いやだって……クラリスちゃん、これエビだぜ!? こんな、甲殻類みたいな……」
「はあ!? なによ、高級食材よ!?」
「これが!?」
衝撃で目を見開くアーサーに、ニーナがいう。
「そうだよ、キングアギトシュリンプなんて晩餐会とかそういうのでしか出ないんだから! 私の家でもたまにしか出ないくらいだったよ」
「こ、公爵家でさえたまになのか……」
「港から魚介類を国の中心まで新鮮なまま運ぶのって難しいからね。港町の特権だよ!」
「だ……としても俺は無理だ、すまん!!」
全力で距離をとるアーサーに、クラリスはあきれてため息をつく。
「まったく、男らしくないわね……じゃあ、えっと……」
と、クラリスが上目遣いに俺の方を見てくる。
「ん?」
「いや、その……ノアは……どうかなって……」
クラリスは髪の毛を指に絡ませ、なんだかもじもじした様子でつぶやく。
「俺? いや、俺は別に食べ物に興味はねえけど」
「ふーん……あっそ。……ぎゃ、逆にどういうのが好き……?」
「んー、まあそうだな……肉とか?」
外で食べる分には、森とか山で現地調達した肉を適当にだしなあ。
しいて言うならシェーラの手料理くらいか。もうしばらくは食べられそうにはないが。
「ふーん……じゃあまあ、何か機会があれば作ってあげるわよ」
「はあ? クラリス、お前に料理できんのかよ」
「で、できますぅ! 覚えてなさい、最高においしいですクラリス様って言わせてあげるから」
「はん、そりゃ楽しみだな」
「「…………」」
そのやり取りを見ていたニーナとアーサーは、唖然とした表情でぽかんと口を開ける。
「な、なによ……」
「いや……クラリスちゃん、俺の時と反応ちがくねえか!?」
「はあ!? 一緒でしょうが、何も変わらないわよ!」
「無理あるって!!! 休暇前なんか様子がおかしいと思ったら、いつの間にか戻ってるというか、ノアに対する棘が激減したというかむしろ……なあ!?」
アーサーは同意を求めるようにニーナを見る。
「な、なんか……クラリスちゃん……ど、どうしたの!?」
ニーナは顔を真っ赤にしてクラリスに駆け寄る。
「は、いや、何でもないから! いいでしょ、別に! いつも通りよ私は!」
そうだそうだ! と言わんばかりに、アーサーも詰め寄る。
「明らかに違うって! なんか、乙女!?」
「うるさい!」
ドカッ! とクラリスのつま先がアーサーのすねにめり込む。
「ぬおっ!!! こ、これは確かにいつものクラリスちゃんだが……」
「う、うーん……」
ニーナは少し複雑そうな表情で俺とクラリスを見比べる。
その様子を見ながら、俺は心の中でため息をつく。
確かにヴァンの正体が俺だってのはクラリスにばれたけど、あの王都での夜にいろいろと決着をつけて振り切ったはずなんだが……。
しかし、とうのクラリスの反応は御覧の通りだ。
さすがの俺でも、クラリスの向けるまなざしが、以前よりも熱が帯びているような気がするのは感じ取れる。
「おいおいおい……ノアさんよ。少し話聞かせてもらうぜ……?」
アーサーがこそっと俺の方へと寄ってくる。
「はあ? 何をだよ」
「全部だよ! この休みの間にクラリスちゃんとなんかあったんだろ! そうだろう!?」
「そうなのノア君!?」
「なんもねえって。なあ、クラリス?」
「まあ……どうかな?」
「絶対なんかあるじゃねえかあ!! くそ~ノアお前抜け駆けしやがったな!?」
「ノ、ノア君嘘だよね!?」
二人は俺を取り囲み、わーきゃーと騒ぎ出す。
こいつら……どこにいても一緒だな本当。まあ、退屈しないけどさ。
少なくとも、この間俺たちがあの”黒き霧”を倒せていなかったら、こんな平和な光景はなかったんだなとしみじみ思う。
今まで冒険者として活動してきたが、基本的には強くなるためで、こうしてそこに生きる人々に目を向けたことはそこまでなかった。今までの俺の活動で、影ながら救われた人がいたのかもな。
「ま、平和でなによりだな」
「「どこが!」」
二人は息ぴったりに声を張り上げる。
「……はあ。まあいいや。ノアに限ってそんなことなさそうだしな、魔術オタクだし」
「そういこと」
「さて、せっかくリクルカンまで来たんだ、なんかしようぜ!」
「なんかっつってもなあ」
正直こういう戦いでも何でもない遊びというのに俺は慣れていない。
一応約束してしまった手前断るのもあれだったし、ニーナからも連絡がきたからついてはきたが……。
「リクルカンの闘技場とかどうだ」
「あぁ! 闘技場ね! 確かにリクルカン名物ではあるよね~」
「いや、そりゃまあ武者修行にはいいかもしれないけどさあ、今は休暇中なわけ! 俺はもっとだらだらキャッキャウフフ遊びたいんだよ!!」
アーサーはこぶしを握る。
「なんて煩悩にどん欲な奴だ……」
「まあ、さすがアーサーといったところね……」
俺とクラリスは肩を落とす。
「や、やかましい! 俺はまだノアと違って何もしてねえ!」
懲りないなこいつも。
「やめなさいよはしたない」
「この話題はそもそもクラリスちゃんが元凶なんだけどね!?」
「そんなこと――」
「きゃあああああああああああああああ!!」
「!!」
瞬間、にぎやかな空気を切り裂くような、甲高い叫び声がこの露店街に響き渡る。
その声は、海岸の方から聞こえてきた。
「なんだ!?」
「あ、あれ見て!!」
ニーナが指をさした先には、巨大な何かの触手がうごめいていた。
「触手……モンスターか!?」
「見てくる……!」
俺は瞬間的にフラッシュを発動し、一気に加速する。
「ノア君!」
「俺たちも追うぞ!!」




