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クラリス

 王都の端、人気のない広場のベンチ。

 俺は王都に帰還そうそう、とある少女に呼ばれた。


「待たせたわね……ノア」

「おう」


 普段見慣れた魔術学院の制服を着た金髪の少女——クラリスは、俺の横に腰を下ろす。


 二人ベンチに座り、沈黙が流れる。


 なんとも気まずい空気だ。

 クラリスから呼び出しを受けてきたが、騙していた叱責を受けるんだろうか。

 まあ、そうされても文句は言えねえか。

 すると、沈黙を破ったのはクラリスだった。


「……そういえば、残りの長期休暇、どこか行くって話だったわよね」


 あまり関係のない話をするクラリスに、俺はとりあえず返事を返す。


「そういやアーサーが言ってたな。海の方行くって。お前も行くだろ?」

「え、あぁ……まあ」


 クラリスはまた少し黙り、視線を下に落とす。

 何か言いたいのだろうが、勇気が出ないようだ。

 まあ、何を言われるかはわかっているが。


 すると少しして、クラリスがすぅっと息を吸い、意を決して言葉を発する。


「あなたが、ヴァン様……だったのね」

「……悪いな、黙ってて」


 クラリスは首を横にふる。


「そりゃあ、ヴァン様が魔術学院に行くとなれば、冒険者の頃の素性を隠すのは当然よ。通りであれだけ強いわけね」

「怒ってないのか?」

「まあ、怒っているというより、複雑な気持ちの方が大きいわ」


 そう言って、クラリスはググッと伸びをする。


「けど、私を甘く見ないでほしいわね」

「?」

「あんたは私のライバル。そう決めていた。それが憧れていたヴァン様だったなんて、正直大混乱よ。けど、悪いことばかりじゃない。確かにショックだけど、あんたがヴァン様の正体だっていうなら、それを利用するまでよ」


 そう言って、クラリスは立ち上がると俺を見る。

 その顔は晴れやかだった。


「ファンは終わり。今度からは、一人の魔術師として、ヴァン様を超えるために戦うわ」

「強いな、まったく」

「私を誰だと思ってるのかしら。A級冒険者のクラリス・ラザフォードよ! いい? ノア。あんたのことをヴァン様と知ってるのは身近で私だけなんだから、逆らうと怖いわよ〜」


 クラリスはニヤニヤと笑う。

 全く、たくましいヤツだな。


「やれやれ、怖い奴に秘密がバレちまったみたいだな」

「そうよ、今後はもう敬ったりなんかしないわよ」

「その方が助かる」

「うん。……それで、その……最後に一つだけお願いなんだけど……」


 そう言って、クラリスは俺に立ち上がるように促す。

 俺は立ち上がり、クラリスの前に立つ。


 すると、クラリスは少し上目遣いをしながら、頬を赤らめて言う。


「最後に……ヴァン様と決別するために……ちょっとだけ、ハグ……してもらってもいい……?」

「!?」


 クラリスは恥ずかしそうにしながら、じっと俺の目を見る。


 一瞬面食らうが、俺は思い出す。そういえば、最初に会ったあの冒険者ギルド本部で、次会った時、ハグをして欲しいと言われたっけ。


 これで最後……か。これくらいは、俺の義務かもな。


 俺は改めてクラリスに向き直ると、その顔を正面から見つめる。


「じゃあ……するか」

「う、うん……」


 そう言って、クラリスは目を瞑り、僅かに身体を強張らせる。

 俺は、そっとクラリスの体をハグする。


「あっ……」

「…………」


 何秒そうしていたかわからない。


 クラリスの温もりが伝わり、早くなる鼓動を感じる。

 時折漏れる吐息から、本当に嬉しそうなのが伝わる。


 そして、俺はそっと離れる。


「……ありがと」


 恥ずかしそうにそういうクラリスの顔は、幸せそうだった。


「こんなんでいいなら、別にいつでも——」


 すると、クラリスは頭を振る。


「いいの。これで最後。憧れは終わり。明日からは、また目の上のたんこぶで、ムカつく、でも悔しいけど凄く強い、私のライバルのノアとして接するから。だから、ありがとう」


 そう言って、クラリスはニコッと笑う。

 その顔は、今まで見た中でも一番の笑顔だった。

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