リベンジ
「ヴァン様!!」
クラリスはサンクチュアリのぎりぎりのところに立ち叫ぶ。
黒い霧の機動力は、想像をはるかに超えていた。
これで幼体だということが信じられなかった。
伝承上の魔物……長らく語り継がれるだけの力が、"黒き霧"にはあった。
本来なら、すぐにでも食い殺されておかしくない攻撃の嵐。それを、紙一重でかわし続け、確実にダメージを刻んでいくヴァン。
クラリスも若くしてA級冒険者となった天才だが、この戦いを見てS級との差を実感する。
ただ大技を出せるだけの魔術師ならそれなりに居る。
ノアと戦ったリオ・ファダラスだって、確かにものすごい魔術を使い他の生徒たちを圧倒していた。
だが、強大な魔術を使えることと、戦いの強さはあまり関係がない。
むしろ、いかに相手の攻撃を読み、弱点を見つけ、的確に攻撃と防御を繰り返せるか。
それは、やはり経験でしか補えないものだ。
対人では決して得ることのできない、相手を殺す経験。
ヴァンの戦いを見て、修羅場を超えてきた圧倒的な実力が垣間見え、クラリスは改めてヴァンの虜になる。
一進一退の攻防が続く。
――だが、明らかに形成は不利だった。
それは、あの魔女の存在。
恐らく万全ではないのだろうが、嫌なところで補助的に魔術を放ち、"黒き霧"との一対一に持ち込ませないようにしている。
「あいつを……」
「あぁ?」
クラリスはアリスの背中に向かって言う。
「アリスさん、私、あの魔女を倒します!」
「!」
アリスは一瞬険しい顔をし、静かに言葉を返す。
「……駄目よ、私は雷帝にあなたたちを任された。つまり、あなたたちの命を守ることが私の任務。たとえこの森が火の海になったとしても、二人だけは無事に帰す」
「このままじゃ、ヴァン様が全力で戦えない! あの人を助けるには、私が今戦わないといけないのよ!」
「あなたたち、怪我してるでしょ」
「!」
クラリスは顔をわずかにゆがませる。
この森へと転移させられた時の衝撃で、左肩に痛みが走っていた。
当然、ファルバートも万全とはいいがたい状況だ。
だが、譲れないものがある。
「ここでヴァン様を見捨てたら、私は自分を許せないわ。黒い霧がヴァン様のおかげで収まっている今、この結界の中に引きこもっている意味がない」
「…………」
すると、後ろに座るファルバートがふっと笑う。
「良く言った! ただ守られるだけはこのおれが許せねえ!! 仲間の仇は自分で打つ!!」
ファルバートはよろよろと立ち上がる。
「少し休んで体力が回復してきたぜ。……ぶっとばすぞ、あのくそ魔女を……!」
「あなたたち……」
「アリスさん、お願いします!! 私だって、冒険者なんです!!」
二人の熱意を聞き、アリスは覚悟を決める。
短くため息をつき、口角を上げる。
「そうね……わかった。確かに、このままだと雷帝はじりじりと削られてしまう。今私たちで魔女を相手するのは、理にかなっているわ」
「じゃあ……!」
「3対1……私たちで魔女を叩きましょう」
「そう来なくっちゃあなあ!! 俺の拳を叩き込んでやる……!」
ファルバートはやる気に満ち溢れ、不敵な笑みを浮かべる。
「見た感じ、魔女は今全力を出せない状況みたいです。今なら、さっきの二の舞にはならない……!」
「いい? もしさっきまでのような魔力吸収の霧が発生しても、二度と結界は作れないわ。ここを出るということは、もう倒すか殺されるかの二択になる」
「ヴァン様が”黒き霧”を倒せるように、私たちで魔女を抑え込む。これが唯一全員が助かる方法よ!」
もうそれしか道はない。どのみち、ヴァンが負ければこの辺りはすべて終わる。
仮に魔神が復活となれば、世界が終わる。
それを天秤にかければ、今何をしなければいけないかは一目瞭然だ。
命を懸けてでも、ヴァンに戦いに集中できる状況を作り出す。
クラリスの真っすぐな目を見て、 アリスは微笑む。
すると、ファルバートが小声で作戦を話す。
「いいか、あの魔女の野郎はむかつくが強い、絶対に油断するなよ。結界が解除されれば必ず魔女はこっちの動きに気が付く。そしたらすぐに交戦だ。いいか、お互い距離を保て。いくら森外周に力を使ってるとはいえ、それなりの魔術は使えるはずだ。捕縛系の魔術に誰かが捕まった時にすぐ助けられるようにちびっこは後ろでサポートしてくれ」
「ちびっこなんて呼ばれるの初めてね。悪くないかも」
アリスは興味深げに言う。
「第一目標は魔女を雷帝から引き離すこと、第二目標は魔女の無力化だ。いいな!?」
「はい!」
「異論ないわ」
「よし……じゃあちびっこ、カウントダウンを頼む。突撃だ……!」
「了解よ。5カウントで結界を解除するわ」
アリスはゆっくりと力を抜き始める。
解除されればすぐに交戦になる。今のうちに結界解除からスムーズに魔術を行使できるように整えないといけない。
「行くわ。5……4……」
同じ戦場で戦えると思っていなかった、憧れの存在がいまそこに。
命に代えても、道を作る。
クラリスは覚悟を決めていた。
「3……2……1……解除!!」
瞬間、結界が消える。
コンマ数秒で、魔女はこちらの動きに気が付く。
「黙っていればもう少し生きられたのに……残念」
「リベンジマッチだ、クソ魔女野郎が!! その余裕そうな顔をぐちゃぐちゃにゆがませてやるよ!!」
「ヴァン様の邪魔はさせない!!」




