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帯電

「S級冒険者、雷帝。名前は良く聞くわね。冒険者協会の最終兵器ってところかしら」

「……」


 俺はじっと魔女の出方をうかがう。

 後ろに控えた"黒き霧"は、霧を広範囲に広げ俺の視界を覆う。


 魔力を吸収する黒い霧……確かに厄介だ。

 キースが霧に飲まれてやられたのも、おそらくあの霧によって効率的に魔力が吸い取られ、抵抗できないところを一方的にやられたんだろう。


 だとすれば、まずあの霧に触れないことが最低条件だ。


「ふふふ、霧に怯えているのかしら。仮面で顔は見えないけど、どんな顔をしているのかしら」

「お前に見せるつもりはない」

「残念」


 俺の黒雷は威力は高いがその効果時間は短い。

 さっき貫いた霧も、また元の状態に戻っている。霧なんだから仕方ないが。


 霧である以上俺の高エネルギーの雷で破壊できるはずだが……密度の低い一か所ずつを破壊しても意味がない。それなら――。


「さて。残念ながら私は戦いを楽しむ趣味はないの。早く魔神の復活した終末世界を見届けたくてわくわくしてるんだから。だから悪いけど、すぐ死んでもらうわね」


 そういって、魔女は本を手に持ちながら手を前にかざす。


「行って、”黒き霧”。最後の餌よ!」

「ヴォオオオオオオオアアアアアアア!!」


 腹の底から震わすような低い音。

 それと同時に、"黒き霧"は一気に霧の範囲を広げ世界を覆っていく。


「ヴァン様!!」


 後ろで叫ぶクラリスの声が聞こえる。


 俺は二本の指を立て、"黒き霧"へと狙いを定める。

 

 多重魔法陣を展開――!


 指の前に、三重の魔法陣が展開される。


 立て続けに奥義級の魔術を使うことになるが、背に腹は代えられない。魔力の温存を考えていたらこいつには勝てない……!

 

「え……!? この魔術――」


 それを見たクラリスが、ハッと目を見開く。


「どうしたってんだクラリス」

「い、いえ……」


「”裂雷”!!」


 放たれる、雷を内包した球体状の雷殿。


 それは、とてつもない磁場を起こしながら黒き霧へと突入していく。


 しかし、そのスピードは他の雷魔術の足元にも及ばず、ゆっくりだ。


「ふふ、なかなか強力なようだけど、それがどうしたっていうのかしら。"黒き霧"は流動するのよ。霧ちゃん、そんな鈍足魔術、迂回してしまいなさい!」


 "黒き霧"は命令を聞くと、俺の裂雷を避けるように分裂し迂回する。

 ――が、しかし。その霧たちは、裂雷へと吸い寄せられていく。


「なにっ!?」

「裂雷は強力な磁場を生成する。俺の雷に近づき帯電した霧は、裂雷に集積する」

「!?」


 青白く発光していた裂雷は、その周囲に次々と吸い寄せられていく黒い霧によりどんどんと真っ黒な球体へと変貌していく。

 それは、なんともおぞましい光景だった。


 そして次の瞬間。

 フルオートの迎撃機能を生かした全方への高電圧放電。


 これにより、周囲に集積した黒い霧はその高出力の電撃により一気に消滅していく。


 その光景に、魔女は顔をしかめる。


「天敵……! 予想外だわ、これほどエネルギー密度が高い雷魔術を使えるなんて……! 普通の雷魔術じゃ"黒き霧"が帯電するなんてまずありえない……雷帝……あなた何者!?」

「問答はいい。こいよ、このまま俺の雷で消し炭にしてやる」


「ウォォォォオァアアアア!!」


 悲鳴のような叫び声が、森中にこだまする。

 

「泣き声だ……」


 子供みたいな鳴き声。

 キースの言っていたのはこれか。黒い霧の幼体……。そして伝承にある産声……。


 封印から起こされ、無理やり魔力を注ぎ込まれ続ける器。ある意味こいつも、この魔女の犠牲者というわけか。


 だが、虚無に帰すわけにはいかねえよな。


「"黒き霧"の仮想外殻は、霧状とはいえ魔力を保存するための器官のようなものだ。あれだけ一気に破壊されれば、そりゃダメージもそれなりにあるだろうな」


 このまま破壊し続ければ、"黒き霧"はいずれ外殻を保てなくなり、一気に弱体化するはずだ。


「……少しばかり慢心していたみたいね。この時代にそこまでの魔術師がそうそういるとは思ってなかったわ。そう……なら、計画変更ね。これを使う気はなかったのだけれど。だって可愛くないから」


 次の瞬間。

 破壊されず残った黒い霧の中から、ドシン、ドシンと足音が聞こえる。


 そして、それは姿を現す。


 赤黒い皮膚を持ち、鋭い眼光が周囲を睨みつける。


 長い首と頑丈な歯。体は分厚く、流線型の尻尾がうねる。


 羽はまだ幼体だからか体にぴったりと張り付き、四足歩行で歩く魔物。


「――ドラゴン……」


 クラリスがつぶやく。


「幼体でこの魔力反応……ただのドラゴンじゃないってわけか」

「北の"白き竜"に並ぶ、もう一対の古代竜。人間じゃ到底かなわないってことを教えてあげるわ」


 次の瞬間。

 周囲を覆っていた黒い霧は、ものすごい速さでドラゴンへと集まっていく。


「!?」


 その霧は圧縮され形を作り上げていき、ドラゴンの体をまるで鎧の様に覆っていく。


 さっきまで広範囲に広く薄く伸びていた魔力が、形を帯びる。その圧に、俺は思わず唾を飲む。


「強化外殻――。広範囲での魔力吸収は無理だけれど、相手があなただけなら関係ないわね。これまで吸収した人間たちの魔力リソースをフルで使える、まさに戦闘スタイル。謝るなら今のうちよ、雷帝さん」

「……一か所にかたまってくれるなら逆に都合がいい。打ち砕いてやるよ、その外殻ごとな」

「強がりがみえみえよ」


 こりゃあ……一筋縄じゃ行かねえな。

 俺がここでこいつを逃せば……少なくともこの国は大ピンチだ。それだけの魔力をもってやがる。


 これで幼体? 成体になったら一体どれだけ……伝承もあながち話を盛ってるわけじゃなさそうだ。


「さあ始めましょうか。終わりは近いわよ」

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