二手
「隻眼の魔女……心当たりはありませんね」
「ああ。だが……」
なんとなく、その言葉の雰囲気からあの女を思い出す。
歓迎祭に来ていたあの聖天信仰の代行者筆頭魔術師、ヴィエラ・エバンス。
彼女も見方を変えれば魔女と呼べるだろう。
それに、口ぶり的に奴はシェーラと知り合いのようだった。
師匠——あの人も、大概謎の多い人だからな。
今回の魔女もその類だろうか?
「ヴァン」
アリスがぽんぽんと俺の肩をたたく。
「――っと悪い、ぼーっとしてた。狼煙だな」
屋敷の正面側から、もくもくと煙が上がる。
正面玄関の方に張り込んでいたクラリスからの合図だ。
どうやら隻眼の魔女は正面から堂々と出てきたらしい。
「魔女を追うクラリスたちを、俺たちが追う。予定通り前後での二重尾行だ」
アリスはうなずく。
「走りましょう。でないと、そもそも二人を見失いかねないです」
「いや、俺に任せておけ」
「?」
俺はアリスの前にかがむと、背中を差し出す。
「……これは何の真似でしょう」
アリスが困惑しているのが伝わるが、そうも言っていられない。
「俺の魔術で速攻追いつく」
「…………なるほど、クラリスの気持ちが少しわかりました。私、後でクラリスに怒られそうですね」
「ん? よくわからないが、早くしてくれ」
アリスは短くため息をつき、無言のまま俺の背中に乗る。
小柄なアリスの体重は、乗ってもさほど感じない。これなら速度もそんなに落ちないだろう。
「少しピリッとするけど、害はないから我慢してくれ」
「信頼しているわ」
「じゃあ行くぞ――”フラッシュ”」
瞬間、バチバチと全身に雷のエネルギーが充電されていく。
そして、一気に解放する。
地面を思い切り踏切、跳躍。
一気に体は屋敷の屋根の上へと到達する。
「すごい……いい景色」
「特等席だ、夜景でも眺めてな」
そのまま体勢を前に倒し、グッと足に力をいれる。
屋敷の正面へと一気に駆け抜けていく。
目にもとまらぬ速さ。
背中のアリスは、髪を必死で押さえながら目をぎゅっとつむっている。
「それじゃあ景色見れないぞ」
「速すぎるの!!」
屋根を一気に伝い、あっという間に屋敷の正面へと辿り着く。
そうして、正面の歓楽街の通りから伸びる路地に飛び込むと、静かに着地する。
「うぅ……ちょっと、頭が……」
俺はアリスをおろし、そっと通りを見る。
「ちょうどいいな。少し前にクラリスたちがいる」
「そうみたい……ですね……」
「どうした? なんか疲れているか?」
「お気になさらず……」
さて、と改めて通りを見る。
クラリスとファルバートはうまく後をつけられているようだ。
「俺たちも追おう」
しばらく歓楽街を歩き、気が付けば通りから出る。
明るかった周りも、一気に暗闇が増え始める。
「どこへ行く気だろうな」
「どうでしょう……」
本当に奴が黒い霧に関連しているのなら、極秘の研究施設がどこかにあるはずだ。
あの森を監視できるような場所に。森の中……なんてパターンはあまり考えたくないが、なくはない。
「彼女は今朝都市外に出ていたといいます。であれば、また同じところに行く可能性もありそうですね」
「なくはないな」
少しして、魔女は建物に入ると何かやり取りを始める。
そして少しして魔女が出てきたとき、傍らには馬車が用意されていた。
その時、一瞬だけこちらを見たような気がして、次の瞬間。
魔女から膨大な魔力を検知する。
「なんですかこれ……街中で何をする気!?」
「いや、これは……!」
魔法陣が彼女を覆い、そして次の瞬間。
「二人……!?」
なんと、目の前で隻眼の魔女が二人に分身したのだ。
そして、一人は馬車に乗り込み、もう一人は路地へと入っていく。
「まずい、逃げられる!」
「ヴァン?!」
俺はすぐさま走り出す。
「俺が馬車を追う! お前はクラリスたちと合流して路地を追え!」
”フラッシュ”を発動し、俺は一気に駆け抜ける。
「雷帝!?」
「ヴァン様!?」
クラリスとファルバートの二人を追い抜き、壁を駆け抜けて屋上へ。
そして、狙いを定め、馬車の上へと飛び乗る。
馬車はそのまま門を抜け、都市を抜けた。




