スタイル
「グレイ通りの突き当たり、歓楽街の先だ」
「か、歓楽街……」
クラリスは苦い顔をする。
「そこに例の魔術師が居る訳か」
「隻眼の女魔術師……」
アリスは静かに呟く。
何者なのか。”黒い霧”に関係しているのは間違いない。
一体なんのアーティファクトを……。
「隻眼の女魔術師は豪邸で優雅な日々を送ってやがる」
「豪邸?」
ファルバートは頷く。
「領主の用意したでけえ屋敷さ。歓楽街の奥で殿様気分さ」
「領主も奴と関係があるのか?」
「さあな。だが、金が大好きな領主様だ、あのアマが何か起こして、それに便乗する形で一儲けしようとでも企んでるんだろ」
「”黒い霧”で潤うとは思えません。人が住めない土地になるだけです」
「伝承通りなら、そうだろうな。だが、まだその女魔術師が関わっていると決まった訳じゃあない。それを探るためにも――」
俺たちはぴたりと足を止める。
目の前には、煌々と輝く歓楽街が広がっていた。
灯された明りのしたを、多くの男女が往来する。
薄着の女性が艶かしい動きで道行く男たちを引き止め、酒に酔った男たちは陽気に笑い女性たちを肩に抱きながら店へと入っていく。
その様子を唖然と眺めながら、クラリスがポツリと。
「王都でもここまでじゃないわね……」
「雷帝、今は任務優先だ。全て終われば連れてってやるから我慢しろよ」
「なっ……!」
瞬間、クラリスが物凄い勢いで割って入る。
「ヴヴヴヴァン様がこんな店に用があるわけないでしょ!! いい加減にしなさいよ!? ヴァン様は紳士なのよ!! 女の子のに、匂いとかで興奮したり胸の感触で鼻の下を伸ばしたりしないのよ!!」
クラリスは顔を真っ赤にし、目をまん丸に見開いて全力で否定する。
肩をいからせ、ぜえぜえと息を荒げている。
「あぁ? くっくっ……おい、幻想を見てる嬢ちゃんがいるぜ。男はみんな綺麗な女が好きなのさ、ナイスバディなよ」
「ナ、ナイス……?」
「なあ雷帝、お前だって例外じゃねえよなあ?」
「…………」
クラリスはじっと自分の身体を見る。
クラリスのスタイルは、ナイス……といえばナイスなのか?
思えばそういうふうに見たことはなかった。俺はじっとクラリスを見つめる。
クラリスは恥ずかしさに体をくねらせる。
「な、ヴァ、ヴァン様……そんなだめ……! で、でもそんなヴァン様でも……」
肉つきが程よく、出るところは出ている。世間一般的に見れば、これはナイスといえるんだろうか。筋肉もしっかりつき、出ると言ってもほとんどは筋肉に近い。それも観賞用の硬い筋肉ではなく、動かすためのしなやかな筋肉だ。
スカートから覗く脚も、一見すらっとしているが、その実剣を振るう為の軸となるようにしっかりと鍛えられている。
そんな俺の視線を感じ、クラリスは赤らめた顔で恥ずかしそうに、恐る恐るこちらを見つめ返す。
「ヴァン様……私――」
「――まあ、俺はそんなものに興味ない」
「でででですよね!? ですよねー!!」
クラリスは慌てて大声を上げ、ぐるっと回り踵を返す。
「は、早く行きましょう!! こんなことしてる場合じゃないですよ、私たちは世界を救うんですから!!」
「くっくっくっ、面白え反応するなお前のところの後輩は」
「…………」
「早く行きますよ、みんな!」
クラリスの声に従い、俺たちは歓楽街を突き進む。
ファルバートはボスだとバレないよう、俺の予備の仮面を装着してついてくる。
呼び込みの店員に何度も侵攻を妨害され、その度にクラリスが鬼の形相でそれを引き剥がす。そして、ファルバートが笑う。
そんなことを何度か繰り返し、しばらく進んだ突き当たりに、俺たちは目的の屋敷を見つける。
「これはデカいですね……」
「あぁ。これが俺たちの血税で建ってるってんだからやってらんねえよなあ」
ファルバートは仮面を外しながら言う。
払ってないだろマフィアは、というツッコミはせず、俺は屋敷を観察する。
静かではあるが、灯りが爛々と輝いている。
正面には巨大な門。そして左右には門番が待ち構える。
「この中にあの女がいるはずだ。うちの梟からの情報だ、間違いない」
「そうか。守衛が2人、おそらく中にはもっとだろう。無駄に騒ぎを起こせば話を聞くに聞けなくなる。ここは隠密に済ませたい」
「なら生け取りだな。この後の奴の行動パターンは既に調べてある」
「随分と手際が良いじゃない。もしかして、私達をはめるため?」
クラリスは訝し気にファルバートを見る。
「あの女はお前たちがどうこうする前からヤるって決まってたんだよ。正直迷惑してんのさ、この街の顔は俺一人で十分だ」
「そう……で、どうするつもり?」
「この後南のリムケット通りで商人と会談予定だ。そこを攫って、拷問する」
「ご――……」
クラリスの表情が歪む。
だが、手段は選んでいられない。
「……待とう。女魔術師が出てくるまで」




