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ウェイトレスパニック

「いらっしゃーい!! はい、果実水2つに骨付き肉3つ!」

「嬢ちゃんこっちも!!」

「はいはーい! ご注文は?」

「お嬢ちゃんのキスなんてどうかな?」


 げへへへへ、と前歯の抜けた親父の下卑た笑い声が響く。


「だめですよもう! いい加減にしないと、ぶち殺しますよ?」


 オホホホホ、と顔に笑みは浮かべつつも、クラリスは額にド級の怒りマークを浮かべる。


「ひい、怖い! 怖いよアリスちゃ~ん!」

「大丈夫ですか、おじさん。今助けてあげますわ」

「ちょっと、アリスさん!? どっちの味方ですか!」

「“精霊の聖名において、この者の穢れを浄化――」


 すると、慌ててクラリスがアリスの詠唱を静止する。


「一般人に魔術ぶっぱしたら駄目ですよ!!」

「聖魔術なので健康にしかなりませんよ?」

「この街の人間は汚れてるので消滅しちゃいます!!」


 ――とまあ、最初の二日のクラリスとアリスのウェイトレスは、それはもう目も当てられないものだった。


 当然といえば当然だろう。二人とも、今まで戦いしかしてこなかった人種だ。今更人に奉仕しろと言われてすぐにできる訳ではない。


 しかし、そこは男の単純さというところだろうか。


 語気が強く、勝ち気なクラリス。

 淡々としているが、不思議ちゃんなアリス。


 そんな二人は共にルックスは抜群だった。

 胸や足が露出してしまっているが、今はもう恥ずかしさを封印しているクラリスと、ただひたすらに可愛らしいアリス。この二人がどんなことをしようとも、そのルックスの良さだけで男たちはどよめき嬉しそうに顔をニマニマとさせるのだった。


 二日間の間に客足が一気に伸び、何人ものリピーターを生み出した。


 そしてウェイトレス最終日。

 二人は今日も今日とて元気にウェイトレスをする。


 クラリスはこんなもの「もうやってられないわよ、後は好きにして」と早々に見切りをつけて辞めそうなものだったが、意外にもそんなことはなかった。


 それはクラリスのいいところだ。やると決めたら最後までやり通す。その強い意志があるからこそ、彼女は常に勝ち気であり自分を信じていて、気持ちが良いのだ。


 俺が居るから泥を塗れないというのも多少はあるんだろうが、基本はその性根から来ているんだろう。


「いやあ、俺の目に狂いはなかったね」


 酒場の店主は二人の働きぶりを見ながら、手元のコインを数えながら満足げに笑う。


「随分稼いだみたいだな」

「お陰様でね。普段は酒も飲まないで騒ぐだけ騒いで帰るような馬鹿どもばかりだが、今はあの子たちに酒を運んできてもらって話したいからって酒を買ってくれる。いいボーナスタイムだよ」

「それは良かった。今日で最後の約束だったな」


 すると店主は溜息をつく。


「それが残念でならないよ。彼女たちは天職だと思わないか?」

「彼女たちの本分は冒険者さ。それが天職であることは揺るがない」


 そうかい、と店主は肩を竦める。


「もう、ヴァン様! せっかくなんですから私のウェイトレス姿目に焼き付けてくれてますか!?」

「ますかー?」


 不意に、クラリスとアリスが後ろからひょっこりと姿を現す。

 セクシーなクラリスと、可愛いアリス。


 クラリスは少し不貞腐れ気味に頬を膨らませている。ヴァンだと歳相応の反応をしてくれるんだな。


「二日とも居てくれないんですもん、ヴァン様は」

「悪いな、その間も他の情報収集を怠る訳にはいかないからな」

「そうですけど、私達だけこんな格好させて……」

「二人ともにあってるさ。可愛いよ」

「かっ…………!!!」


 クラリスは顔を真っ赤にして、両頬を抑えてしゃがみ込む。

 

「どうした? 疲れたか?」

「ななななな何でもないです!! お気になさらずに!」

「?」


 急にどうしたん一体。俺に可愛いと言われてショックだったか。もしかしたらセクシーとかの方が嬉しかったんだろうか。


 アリスの方を見ると、アリスも分からない様子で首をかしげている。


「話は変わりますが、何か情報は掴めましたか?」

「いいや、特に」

「ということは、私達の協力は無駄ではなかったという訳ですね」

「そうなるな。とはいえ、君は乗り気だったじゃないか」

「そうですね、いい経験になりました」


 アリスは満足げにむふっと胸を張る。

 最初に見たときは人形みたいなクールなお嬢様かと思ったが……どうやらそうではないらしい。


 そうして三日目の最後のウェイトレスの手伝いが終わり、俺達三人は改めて店主の元へと集まる。


「いやあ、助かったよ。これを一回で終わらせるのは勿体ないから、君たちには負けるだろうが、ウェイトレスを雇うとしよう」

「それは良かった。で、本題だが……数か月前にきた冒険者パーティについて教えてくれ」


 言われて、店主は頷く。


「もちろんさ。そうだな、あれは……確か二か月ほど前か。自分たちはB級だという冒険者が酒場に来たのさ。確か、女が3、男が2のパーティだったか」


 店主はその時のことを思い出しながら続ける。


「それで、ヴェールの森の方に行くって言うから、止めたんだ。最近何やら騒がしいからやめときなってな。なんせ金払いが良かったもんだから、俺も親切心を出したんだ。だが、結局行っちまった」

「それで?」

「ああ。それで、それから三日後くらいだったか、そのパーティのうちの男女一人ずつだけが帰って来たんだ。それで、他の仲間はどうしたと聞くと、ただ一言”《《連れていかれた》》”と」

「連れていかれた……」


 俺たちは顔を見合わせる。

 殺されたでもやられたでもなく、連れていかれた……か。


「その人に話を聞いてみるのが早そうですわね」

「だな。なあ、彼らの居場所は?」

「男は死んだよ、この酒場で」

「「「!!」」」


 死んだ……。まさか、黒い霧の影響か?


「それは……ご冥福を……」

「神のご加護があらんことを」


 アリスは手を合わせ、祈る。


「……それじゃあ、生き残ってる女の方は?」

「彼女の方は、確かスラムの方にある宿で引き籠ってるらしい」


 決まりだ。彼女に話を聞けば、黒い霧の正体に近づけるかもしれない。

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