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皇帝になった独裁者  作者: ツァーリライヒ
第5章 祖国のための戦い
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第35話 人海戦術


 マンネルヘイムは全ての部隊を投入することに決め、司令部付き中隊すら例外とはしなかった。しかも率いるのは司令官その人で、ドイツ軍の攻勢を前に最前線にいた部隊を指揮するフルンゼ少将と参謀のトハチェフスキー大佐を訪ねた。



 ちなみにトハチェフスキーとフルンゼ率いる「シベリア師団」は、文字通りシベリア送りにされた将兵からなる部隊である。しかしシベリア送りにされた将兵には、優秀な平民上がりの士官が貴族の将校に抗議したため島流しにされたような者も多く、いざ実践投入してみるとそこらの師団よりも強い。


 特にフルンゼは軍規に厳しく、勝手な振る舞いに及んだ者や、命令違反をした者を容赦なく処刑した。少数民族やユダヤ人、共産主義者、元テロリストなど雑多な政治犯だらけの部隊が、統率の取れた最精鋭部隊へと短期間で変化したのはフルンゼの力量によるところが大きい。



 何より司令官のマンネルヘイム自身は貴族であったが、平民であろうと優秀な人間はどんどん取り立てた。そのおかげでマンネルヘイムは「貴族にしては珍しい、偏見なしに実力だけで評価してくれる指揮官」との評判が高まっていくのだが、当の本人はあまり嬉しそうではなかった。


(実力だけで評価するというのは、それ以外の要素に配慮する余裕がないほど、我が軍が追い詰められているという事の裏返しでもある……)


 あるいは、実力主義に文句を言う指揮官の消耗が激しいともいえる。フルンゼやトハチェフスキーにしても、実力もさながら「前任者がどんどん戦死していくから」という過酷な状況に出世を助けられたと言えなくもない。



 **



 塹壕の中で、フルンゼとトハチェフスキーはマンネルヘイムを待っていた。


「マジか。本当に来た……」


 前線の塹壕はドイツ軍の射程圏内で、いつ砲弾が飛んでくるか分からない。そんな危険な前線に、マンネルヘイムは騎馬でやってきた。懸念どおりすぐ傍に榴弾が直撃し、落馬したマンネルヘイムの周りを黒煙が包んでいく。


(あ、死んだ……)


 フルンゼはそう思ったが、煙が晴れると泥の中から立ち上がる司令官の姿が見えた。泥の中をのっしのっしと歩いてくる。


「あいつ、本物のバカだ……」


 茫然としたように呟くフルンゼ。隣にいたトハチェフスキーも思わず頷くが、その表情にはどこか畏敬の念すら籠っている。それほどまでに感動的な光景ですらあった。


 やがてマンネルヘイムが2人の前に現れると、泥だらけの地図をポケットから引っ張り出して指さす。


「君たちは西から来る敵を撃退せよ。東はこちらで受け持つ」


 たったそれだけの命令を下すために、司令官みずから危険極まりない場所にやってきたのである。貴族の多いロシア軍将校らしからぬマンネルヘイムの行動は、重要な意味を持っていた。


 ――困難な時期に司令官自らも前線に身を置き、自ら命令する。命令を受けた2人には、マンネルヘイムの鋼の意志が強烈に響く。


 反対にいえば、そこまでしなければならないほどマンネルヘイム軍の置かれた状況は過酷そのものであった。  

   


 **



 兵士は寄せ集めの新兵と敗残兵、そして武器弾薬もわずか。後退も降伏も認めない……そんな状況の中でマンネルヘイムが注目したのは、トハチェフスキーが提案した戦法だった。


「我々の火力では防御戦は無理です。攻撃によって防御を達成すべきかと」


「奇襲か」


「はい。人海戦術による夜襲です」


 トハチェフスキーの案は、攻撃の中核に砲撃や機銃掃射を据えるのではなく、手榴弾を使った肉薄攻撃という独創的なものだった。



 手榴弾を投げる程度であれば、昨日まで一般人だった新兵であっても短い訓練期間で済み、もたらされる効果は兵士の錬度とは関係ない。兵士の命より銃の方が価値がある、とも揶揄されるロシア帝国軍では相対的にコストパフォーマンスに優れる戦法だ。


「負け戦では、合理性を追求して速やかに後退し、損害を可能な限り減らすべきです。ですが、勝てるとなったら非合理に徹し、兵員の損耗を度外視して執拗に済めこむべきかと考えます」


 トハチェフスキーの戦法は新兵に手榴弾だけを持たせ、身軽になった新兵たちは夜の闇に紛れて敵陣地へ接近、敵陣地を潰せるまで何度も手榴弾を使った肉薄攻撃を続けるという単純なものだった。


 その間、古参兵たちは後方から牽制射撃を加えて、新兵たちの波状攻撃を支援し、脱走する者がいれば射殺する。敵の抵抗が弱くなったら古参兵たちも突撃に加わって前進し、敵の敗残兵を掃討しながら陣地を占領する。当然ながら戦死者は相当な数に上るが、こればかりは頭から人的損害を無視するしかない。


 なぜならドイツ軍が砲兵と空軍による支援を受けると、脆弱な火力しか持たないロシア軍に勝ち目はないため、可能な限り広範囲で突撃を同時多発的に行い、敵が混乱している内に迅速に陣地を占領する必要があった。

 


 この戦術は新兵の犠牲を前提としていたが、「走って敵に手榴弾をぶん投げるだけ」というシンプルな作戦は素人の新兵であっても分かり易く、また安定して一定の戦果をあげられる戦法でもあった。大量の兵士を動員できるという強みしか持たないロシア軍にとって、こうした人海戦術以外の選択肢は存在しなかった。


「……大勢が死ぬな」


「それでも、やるしかありません」


「わかっている」


 元来、現実主義者のマンネルヘイムは無駄を嫌う男だった。後退を禁ずるニコライの勅命によって、どうせ敵の地雷や銃弾・砲撃で死ぬまで攻撃を続けなければならないのだ。いずれ死ぬことが分かっている使い捨ての兵士を訓練するほど、自軍に物資や時間の余裕はない。



 結論からいえば、トハチェフスキー戦術の効果は絶大だった。


 

 浸透戦術を採用したドイツ軍がもっとも嫌う消耗戦に、無理やり引きずり込むのだ。マンネルハイム軍団はバルト地方からペトログラードへ続く道を、両軍兵士の血で真っ赤に舗装した。あまりの人的損失の多さに、流石の皇帝ニコライ2世すら衝撃を受けるほどだったという。

 

 それだけの犠牲を払っても、ドイツ軍の本格的な反撃が始まると尻尾を巻いて逃げるしかなかった。いかんせん、火力が違い過ぎるのだ。



「既に上層部には物資の補給を打診してある。来週には、増援が来るはずだ。辛いだろうが、それまで持ちこたえてくれ」



 それでもマンネルヘイムは前線を駆け回り、将兵を一人づつ励ました。そのおかげで何とか士気を維持しているのだが、当の本人は鬱屈たる思いだった。戦闘に勝利しても、その味はかつてないほど苦い。


(果たして何人が、来週までに生き残っているのだろうか……参謀本部には何度も補給物資の要請をしているのだが、一向に届く気配がない……)


 あるいは、届ける気がないのか。恐らく、そうなのだろう。



 首都での決戦に向けてサンクトペテルブルクには連日のようにモスクワから物資が運び込まれているという。自分たちは決戦の準備が整うまでの間だけ必要とされる、時間稼ぎのための捨て石でしかないのだ。


「小銃、食糧、砲弾。何でもいいから送ってくれ!」


 いくら催促しようと、ペトログラードからは「命令」以外が届くことは無かった。前線にいる将兵は上層部を恨んだが、もし上層部が物資を送ろうとしても厳しかっただろう。



 ―――制空権。



 ドイツ軍、特に航空隊による急降下爆撃と機銃掃射は、ロシア軍の兵站網をズタズタにした。特に焼夷弾の威力はすさまじく、補給部隊の何もかもが焼き尽くされていった。


(将兵の間には、敵空軍に対する恐怖が蔓延しつつあるのも問題だ。特にレッド・バロンことリヒトホーフェン大隊は、もはや災害か何かに近い。赤いアルバトロスが見えただけで、誰もかもが恐慌状態になってしまう……)


 「リヒトホーフェン大隊」の名前で名高い第1戦闘機大隊は、初代指揮官マンフレート・フォン・リヒトホーフェン男爵の他にも大勢のエースを抱えていた。弟のロタール、エルンスト・ウーデット、エーリヒ・レーヴェンハルト、そして副隊長のヘルマン・ゲーリングである。


(特に新しく編入された、ヘルマン・ゲーリングという男は優秀だ。あの男が副隊長になってからは、向かうところ敵無しに近い……)


 どうしても自分のスコアを伸ばそうと独自行動をとりやすいパイロットたちに、チームプレイの概念を持ち込んだのがゲーリングだった。ゲーリングがとった戦法は、自分が先頭を切ってロシア軍の迎撃部隊を四散させ、他のパイロットに撃ち落させるというもの。


 これは徹底的にサポートに回ることでゲーリングの撃墜数は伸び悩んだが、優秀だがプライドが高く扱いにくいパイロットたちを本当の意味で「統制」することで、航空戦をこれまでの「一騎打ち」から「集団戦」に切り替えたのである。


 こうしてドイツ空軍はロシア空軍を空から一掃し、今や我が物顔でロシアの空を蹂躙している。圧倒的制空権のもとでは爆撃機も落ち着いて地上攻撃に専念できるため、ロシア軍地上部隊の被害は増えるばかりであった。特に無防備な補給部隊は狙われやすく、武器弾薬だけでなくパンや上着に毛布といった日用品を焼かれ、飢えと体調不良で動けなくなる者が続出した。



(手も足も出ないとはこの事だ。制空権をとったたドイツ空軍の威力は、こちらの想像をはるかに超える。敵の空軍が出動すれば昼間動くこと能わず、奇襲しようにも包囲しようにも凄まじい火力で粉砕されてしまう。唯一の対抗手段が夜襲とは、なんと情けないことか……)



 それでも戦闘に負ければ、徹底的に責められて粛清されることすらあるのだから、マンネルヘイムは突撃と死守を命じるしかなかった。


 幸か不幸か、どれだけ被害を出そうと目標さえ達成できれば批判されることは無い。そして何度も突撃を繰り返しているうちに、味方の兵士は次々に死んでいった。


 そして敵陣を占領すると、敵兵を掃討するよりも倉庫の食糧を漁り始めるのだ。本来そういった軍紀違反者を射殺するための督戦隊ですら、飢えに耐え兼ねて食料や物資の略奪に走る有様である。


 だが、そうでもしないと今日を生きていけないのだから、それが敵に反撃のチャンスを与えると分かっていても放置するしかなかった。




 そしてついに待ちに待った後退命令が出た時、4個師団あったはずのマンネルヘイムの軍団は2個師団にまで減少していた。


 西部戦線よろしく、塹壕を奪ったり奪え返されたりと陣取り合戦をしている間に、貴重な反撃のための時間が稼げたため、上層部もようやく退却許可を出したのであろう。聞けば、東欧から引き抜いた無傷の師団が続々とペトログラードに集結しているらしい。


 彼我の戦力差を考えれば、マンネルヘイム軍団は善戦したと言えるだろう。端から使い捨ての捨て駒を最大限に有効活用し、遅滞戦術に徹して時間を稼いだ。個々の戦術レベルでは決して勝利とはいえないが、その蓄積が首都決戦という次の作戦を有利に進める布石へと繋がっている。マンネルヘイム軍団の消耗は、間違いなく戦略レベルにおいて重要な役割を果たしたのだ。


(だが、果たしてこれで本当に勝ったと胸を張れるだろうか……たとえ対して役に立たない新兵であろうと、家族も友人もいただろうに)


 マンネルヘイムは心の中で慟哭する。


 血みどろの戦闘は終わり、すぐに冬が来る。退却するマンネルヘイムの頭上には、曇ったロシアの空が広がっていた。

  

フルンゼ&トハチェフスキー「I'll be back !」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ハッピーエンド?で終わるのだろうか。 (*‘ω‘ *) [一言] 恋姫も読んだけれど、この作者様、スターリンが好きすぎだろ。 (; ・`д・´)
[一言] 馬鹿が騎乗でやってきたW 全裸じゃないよ、騎乗だよ
[一言] 空軍&火力で押しているドイツ軍の快進撃も、近付きつつあるロシアの冬の前でどこまでいけるのか?もう一波乱ありそうだな…
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