働かなければなりませんわね
それから2週間、わたくし達は市場を巡り、美味しいものを食べたり、綺麗な服を買ったりと、買い物をする楽しみを噛み締めておりました。
また、そうやって人々と関わっていくうちに、少しずつ打ち解けていきまして、多くの方と繋がりを持つことが出来るようになりましたわ。
それそれはとても楽しい時間でありまして、そしてこの国の良さと人々の優しさを身を以て体感したとても短い2週間でした。
しかし、ここでとある問題に直面致しましたわ。
「マリア、わたくしはまだ能力が目覚めておりませんわ!!」
「そうですね。日常生活能力は向上しておりますが、特殊能力という面では全く開花されている兆しは見えません」
「あら、わたくし日常生活能力は向上しておりますのね。これは、もう村娘として完全に馴染めてという……」
「村娘としては全然馴染めてはいませんよ」
「そんなハッキリと否定しないでくださいませ」
マリア、バッサリと言い過ぎですわよ。
もう〜糠喜びさせないでくださいませ。
いえ、これはまだまだ改善の余地があるというもの。
ここはポジティブに考えるべきですわ。
と……そんなことを考えている場合ではありません!!
「マリア、これは事件ですわ」
「何が事件なのですか?」
「本来であれば、外に出た時点で能力が開花して、わたくしは立派な冒険者……いえいずれは世界一の冒険者になりますのよ」
「ただ現時点では立派な冒険者になっていないという事実しかありませんね」
「そうなのですわ。わたくしが冒険者にならなければ、膨大な生活費を得ることが出来ないのです。現時点で残っているお金はどれほどでございますの?」
「えっと……この生活を続けると2ヶ月持つか持たないかと程度でしょうか」
「ちょっとお待ちくださいませ。そこまで少なくなっておりましたの?」
「気づいていなかったのですか」
お金が一気に減っているのは、今まで食べてきた美味しい食事と今着ている綺麗な服を見れば一目瞭然です。
しかし、ここまで一気に減っていたとは不覚にもほどがありますわ。
もう〜、能力が目覚めれば早い話なのですが、もしこのまま能力に目覚めなければ大変なことになりますもの。
本当に嫌気が差しますわね。
「マリア、このままだと破産の危機ですわよ」
「はい、そうですね」
「何故そこまで呑気なのですか!?」
「レイナ様、やはり私はこの旅を続けるのは無理かと思うのですが……素直に公爵家にお戻りになった方が」
マリア、それは仰らないでくださいませ。
わたくしだって、このままだと不味いと薄々気づいているのですから。
ですが、わたくしはどうにかしてこの状況を変えなければならないと思いますの。
ですから……。
「マリア、働きに参りましょう!!」
「はい? 何を言っているのですか? 」
「ですから、働きに参りましょうと申しましたわ」
「正気ですか!? 全然庶民の暮らしに馴染めていないレイナ様には無謀です」
そこでも断言なさらないでくださいませ。
せめて、思うぐらいに和らげて欲しいですわ。
「ですが、マリアをひもじい思いにさせるわけに参りませんもの」
「レイナ様、私の心配よりも自分の心配をしてください」
「そういうわけには参りませんわ。マリアには付き添ってもらっている立場ですもの。私だけでしたら、あの木になっているフルーツでも取って食べても良いですが、マリアにそんな生活を強いるわけには……」
「レイナ様、あのフルーツをどうやって食べるか知っていますか?」
「勿論ですわ。あれは火を通すだけで頂くことが出来ます」
「では、どうやって火を起こすのですか?」
「それは能力で……ってそうでしたわ。わたくしは能力にまだ目覚めておりませんでした」
わたくしは、本当に役立たずですわね。
能力を持たないアリスのような冒険者ではないわたくし1人では、本当に何1つ出来ることはありませんのね。
自分のことを知れば知るほど、悲しくなって参りますわね。
それでもわたくしは……。
「やはり働きますわ。これから冒険者になるのでしたら通らなければならない道ですもの」
「単純に破産の危機だからでしょう」
うぅ、見抜かれてしまいましたか。
マリア、わたくしのことをもう完全に理解しておりますわね。
「取り敢えず働きましょう。マリア、どうやって働けばよろしいのかしら?」
「はい、そこからなのですね。それなら私はレイナ様にとことん付き合いますわ」
「マリア、何から何までありがとうございます。本当に申し訳ないですわ」
「いえ、レイナ様を1人にする方が心配で心配で堪りませんから」
マリア、逆の信頼度が抜群でございますわね。
やはり、1人では危な過ぎるかしら。
ただやることをやらないと前に進みませんもの。
マリアにはとことん付き合っていただきますわよ。
◇◇◇◇◇
こうして、2人で旅をしてから2週間後に働くことになりましたが、これが思いの外に大変でございましたの。
普通であれば面接などをしてから雇用との形になりますが、今回はバイトということと私が貴族ということもあり(何故バレてしまったのかはハッキリしないのですがね)、アッサリと雇ってくださりました。
しかしですがね、これがどれも上手く行かないのでございます。
何故かと申しますと、パン屋では材料を持ち運びしたのが重過ぎて全然持ち上がりませんでしたし、農家では種蒔きをさせてもらいましたが均等に蒔くことが出来ませんでした。
そのような調子で全般的に何をするにも上手くいかず、結局わたくしが出来ることは作られた糸を巻く仕事ぐらいでございます。
その一方でマリアはと申しますと、何でも出来るため様々なところから応援を頼まれていた模様です。
わたくしは、舐めていたと言っても差し支えはないのかもしれません。
勿論仕事の大変さは、転生前から行っていた社交から身にしみて分かっております。
しかし、それと同じ感覚の大変さだと思っていると、それは似て非なるものでしたの。
社交は背中や首への肉体的な疲れもあるものの、精神的な疲れの方が圧倒的に多いのに対して、先程行った仕事は背中や首だけでなく腰や足など体全面的に疲れが一気にやって参りましたが、失敗してもほぼ許してくださるので精神的な疲れは少ないように感じられました。
その時にようやく今まで行ってきたことは、方向性が違うものだったと気づきましたわ。
ここまでガッカリしたのは、多分転生前も含めて初めてだと思います。
それぐらいわたくしの能力のベクトルの違いに絶望してしまいました。
「レイナ様、そろそろ諦めませんか? このままだと慣れないことをして体を壊すのではないかと心配です」
「マリア……それは分かっておりますの。ですが……」
「自由というのは危険を伴う行為であると身を以て分かったでしょう。ずっと守られて育ちましたのに、急に自由になるというのはとても大変なことなんです」
「そうですわね。しかし、まだ自由の夢を捨てられないのが事実。このままだと後悔しそうですもの」
「そう言われましても、期限も迫っておりますし……」
それでも、もう今更引くに引けませんから、マリアに渋々了承を取りながら、やはり仕事を続けることに致しました。
そうすることで、すぐに成長し慣れるようになったと申すことが出来れば良かったのですが、そう上手いことはいかず、出来ることを仕事としながら、あっという間に働き始めて1ヶ月が過ぎ去って参りましたの。
そして、給料日とわたくしが待ちに望んだお金が手に入ることになったのですわ。




