第十四章「滅びゆく世界の檻で」1
一人凛翔学園を抜け出した立花可憐は制服姿のままプリッツスカートを揺らしながら内藤医院を目指していた。
思春期真っただ中の可憐にとってケータイが繋がらないこと、テレビなども付かず情報が届かないことは想像以上に辛い状況だった。
仲間と一緒にいる中で、多少の不安は軽減に繋がったが、それでも可憐の一番の懸念は今も病院で入院している彼氏の岩田栄治の安否だった。
(今週には退院できるって言ってたから……これからなんだ。栄治の頑張りが報われるのは……)
可憐は段々と自分が早足になっていることに気付いていた。
ただ無事を確かめたい、この心をざわざわさせる嫌な不安を消し去りたい。その一心で足を動かしていた。
分厚い雲が街を覆うこと以外、街の様子に変化はないと最初は思ったが、外出は控えるようにと注意喚起を行う無人の車が走行していた。
”通信障害が発生しており、情報が錯綜しております。市民の皆様、復旧作業が完了するまでは、外出をお控えいただきますようお願いします。繰り返します―――”
役所も混乱を避けるために必死なのだろうと可憐は感じた。
こうして無人車で注意喚起をしながらカメラを通して不審者がいないか注意を払い巡回を続けている。
通信障害の復旧に努めているとしっかり伝える狙いもあるのだろう。
モノレールもなぜか運行をストップしており、可憐が内藤医院に到着する頃には三十分以上かかっていた。
内藤医院に到着すると、可憐はすぐさま通信障害の深刻な被害を目の当たりにすることになった。
通信機器が使えない影響で受付ロビーには多くの患者でごった返しており、看護師や事務スタッフが顔色を悪くしながら対応に追われている。
可憐は異常な状況になっている受付ロビーを横切ってエレベーターで五階へ向かった。一般病棟は三階から五階に位置しており、栄治の病室は五階にあった。
「はぁ……凄い人……あんな雲、早く消えてくれればいいのに」
原因となるものは正確には分からない。だが、暗雲立ち込めるように太陽を隠し、空を覆いつくす分厚い雲に通信障害の原因があると、この混乱を招いた力が働いているのではという想像を可憐は信じていた。
エレベーターに上昇する間、壁にもたれかかり足元を見つめる。
不安による心労を感じながらスカートの先にあるブラウンカラーのローファーを見つめながら、改めて可憐は栄治の無事を祈った。
一人エレベーターに乗っていた可憐は、五階へと到着し、扉が開くと同時に聞えてきたはっきりとした女性の悲鳴に心を震わせた。
鳥肌が立ち、一気に緊張が高めると共に、眼前にはショッキングな光景が広がっていた。
エレベーターの外はすぐにナースステーションになっているが、そこで一人の男性医師が血走った目で女性看護師に襲い掛かる勢いで覆いかぶさっていた。
病院に入った段階では分からなかったが、強い魔力の波動が階全体を覆い、ゴーストの活動が活発化していると察する危険な状態であると可憐は気づいた。
白い白衣に身を包んだまだ四十歳前後の若い医師が薄ピンク色の制服を着た女性看護師に力づくで覆いかぶさり、有り得ない鋭く尖った歯を見せ、首筋に噛みつこうと顔を近づけている。
それは悪影響を及ぼす瘴気の影響か、ゴースト化が進み自我を失っているようだった。
セクハラを通り越して、強姦に及ぼうとする強引な体勢に思わず可憐は恐怖を覚えた。
突然の窮地に脅えた表情を見せ、必死になって抵抗しようと暴れる女性看護師。明らかに体格差のある医師に徐々に抵抗する力を失っていき、いまにも身体を許し、屈してしまいそうな状況だった。
周りには別の看護師もいたが、突然女性看護師が白衣を着た医師に襲われている異常事態に腰を抜かしている。
彼らは必死に悲鳴の入り混じった声を上げながらも、恐怖で距離を取り、助ける気力を失っているようだった。
可憐が動揺して、どう対処するべきか戸惑っている隙に奇声のような声を張り上げて、理性を完全に失った医師がそのまま女性看護師の首筋に襲い掛かってしまった。
「いやぁーーー!!」嫌がるように首を懸命に横に振っていた女性看護師の頭は腕で強引に押さえつけられてしまい、首筋を抉るように鋭利な歯で噛みつかれ、激痛のあまり絶叫を上げた。
血を吸うなどという生易しい行為ではない、明らかに肉ごと噛みつかれた女性は一瞬で気を失いかねない痛みを味わったことだろう。
猛犬の如く何度も強く噛みついた後には、溢れ出てくる赤い血液を啜り始める男性医師。
周りを気にせず血を求める狂気はそれだけで見るものを恐怖に陥れた。
その光景を見ている限り、男性医師は狂気に囚われた吸血鬼そのものだった。
(立ち止まっていられない! 今からでも助けないと!)
正義の心を思い出し、果敢にも正気を失った男性医師を引き剥がしに向かう可憐。女性看護師から引き剥がすのには成功したものの、今度は可憐に襲い掛かる男性医師。
大きく口を開き、鋭い歯を見せる姿は人の姿をしながらも恐ろしい怪物そのものだった。
可憐は怯むことなく口の中にヨーヨーを投げ込むが、必死に歯を立てて抵抗をしてくる男性医師。すぐさま可憐は魔力を込めて、渾身の力で電流を走らせた。
「これで止まってっ!!」
魔法使いとして覚醒してから鍛錬を欠かすことのなかった可憐。
得意技である電気を扱うヴォルトキネシスの扱いにも手馴れてきた可憐は手応えを確かに感じ取った。
ヨーヨーを通して伝わる力で感電して、体中に電撃の走った男性医師は動きを止めてそのまま呻き声を上げながら意識を失った。
助けた女性看護師の方に可憐は視線を向けるが、悲しいことに血を首から噴き出したまま彼女もまた意識を失っていた。




