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14少女漂流記  作者: shiori


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第十二章「それぞれの願い」4

 都会の雑踏から離れた田舎にある海辺の病院。

 青い海と堤防まで続く砂浜、波の音が静かに流れる穏やかな九月のある日。

 目を覚ますことなく眠り続ける清水沙耶(しみずさや)の病室に二人組の夫婦がその日、見舞いに訪れた。


 赤津探偵事務所二代目代表、父の跡を継いで探偵事務所を切り盛りする赤津羽佐奈(あかつはさな)とその夫、赤津司(あかつつかさ)である。


 魅力ある容姿と気さくな人柄、それに加えて頭脳明晰なこともあり、モデルやコメンテーターとして活躍する世間に名の知れた羽佐奈であるが、その本職は探偵であり、さらに裏の顔として強い霊感とPSI(サイ)を駆使する心霊研究家としての側面も持つ。


 忙しい間を縫って情報提供を基に都内に出没する危険なゴーストを狩るだけの実力が彼女には備わっているのだった。


 一方の司は人前に出ることはないが、清潔感のある中性的な容姿をした美男子である。有名人とは程遠い地味な作家をしており、翻訳などの仕事をしながら、探偵事務所の上の階で羽佐奈とその家族と共に平和に暮らしている。


 一年前とほとんど変わることない美しさを保ち続ける沙耶の姿を確認すると、二人はグッと胸の奥からこみ上げてくるものがあった。


「まるで……沙耶の周りだけ、時間が止まっているようね」


 潮の香りがする、この静かな海辺の病院で眠る沙耶が、羽佐奈にはそう見えた。


「そう……だね、眠り姫って表現するのが適切か分からないけど、そういう魔法に掛かってるんじゃないかって、不謹慎に思ってしまうね」


 美しさをそのままに目覚めることのない沙耶。この顔を前にして、彼女を諦められる人はいないだろうと誰もが思った。


「うん、でも沙耶は信じてずっと待っているのよ、今も待ち続けているのよ。

 私はそう信じているわ。沙耶がこのまま目を覚まさないなんてことは、あってはならないことだから」


 顔色まで変わらないことを嫌でも確かめると、二人はここまで遠征して持ってきた美しい花を紙袋から取り出した。


「結局両方買って来ちゃったけど、沙耶は喜んでくれるよね」

「うん、沙耶は守代先生の愛を信じてるから」


 二人はどちらにするか悩んだ挙句、両方買ってきた”勿忘草(わすれなぐさ)”と”睡蓮(すいれん)”の花を花瓶に生けて、眠り続ける沙耶の傍に置いた。

 まだ二十歳の沙耶の将来を願って、寄り添うように二つの花が病室に飾られた。


 明るいブルーの花が印象的な勿忘草の花言葉には「真実の愛」「私を忘れないでください」という願いが込められている。

 もう一方の白い睡蓮の花言葉は「優しさ」や「清純な心」で、司は沙耶にピッタリの花言葉だと何故か羽佐奈が嫉妬したくなるくらいのウットリした眼差しで睡蓮の花を見つめていたのだった。


(―――あれから一年が経ちましたね。

 私たちが出会わなければ……沙耶がこうなることもなかったのに)


 再び白いベッドの前に立ち、羽佐奈は一年前の記憶が蘇ってくる感覚と共に口に出さず沙耶に語り掛けた。


 羽佐奈は高校を卒業して自分達のところにやってきた、霊感を持った沙耶のことをずっと覚えている。最初からテレパシーで会話が出来るほどの超能力を持ち、身体の内にある霊とも共存していた出会った当時の沙耶。


 年齢と共に霊との共存に負荷が掛かってきたのか、苦しみを主張し始めたことをきっかけに、羽佐奈の下を訪れ、相談に乗る日々が始まった。


「沙耶……諦めないでね。私にも蓮君にもまだ覚ますことの出来ない呪いだけど、きっと、もう一度この世界に帰って来れる日が来るから」


 沙耶が目覚める日のことを信じている。

 目覚めさせる方法を模索し続けている。

 心はいつも共にあると、羽佐奈はこうして顔を見ながら思いたかった。

 

 だが……信じる気持ちとは裏腹に、悪霊たるゴーストを起因とする様々な心霊体験とぶつかって来た霊能力者としての経験が、沙耶を目覚めさせることが容易なことではないと突き付けてくる。


「沙耶の中にいるドッペルゲンガーが沙耶自身を守ろうとしてくれているから、今はまだ眠ったまま生命活動を維持できているけど。いずれゴーストに飲まれてしまうのは時間の問題よ」


 沙耶の中に生き続けるもう一人の自分。

 沙耶自身が向き合い続けた存在が今もゴーストの魔の手から彼女の命を守るため守護し続けている。


「僕たちでなんとかできればよかったのに……」


 目の前に沙耶がいるのに、目を開くことも声を発することさえさせてあげらない。力不足を悔やみ悲痛に心沈ませているのは司も同様だった。


「そこまで、私も友梨(ゆり)も便利に出来ていないわ。諦めることはできないけど」


 歯を食いしばり、握り拳を作る。

 後悔してもしきれない気持ちが今も心の中を渦巻いて離れない。

 羽佐奈自身にも、同じ超能力者の友梨(ゆり)にも沙耶を目覚めさせるというハッピーエンドを迎えさせてあげることが出来ていない。

 自分達だけがこれからも沙耶を置いて生き続けるのかと思うと、罪悪感となって心残りは消えなかった。



 約一年前に発生した女学生連続刺殺事件。そんな最中に起こった行方不明となった友達。

 その友達の行方を捜し、犯人を捜査する中で森の洋館に潜むゴーストとの戦端を迎えることになった。

 洋館を舞台にしたゴーストとの死闘。それは最終的に沙耶がゴーストを自身の身体に封印し終結した事件であり、沙耶はそれ以来眠りから覚めない事態となった。


 当時、最もこれにより深く傷ついたのは婚約者である守代蓮だった。

 沙耶の持つ画家としての才能にも惹かれていた蓮は酷く落ち込んでいた。

 憑りついたゴーストは沙耶から創作を続ける自由も、愛する蓮と過ごす時間も奪った。

 眠り姫となり、目覚める兆しのない沙耶を蓮は見続けるのが辛く苦しくなっていった。


「沙耶……諦めないでね。きっと、先生が救ってくれるから」


 ”いつか”なんて言いたくはない。蓮は真剣に沙耶が目覚める日を考え、想い続けているから。

 だから、乾いた声でそう言葉を伝えるのが、今の羽佐奈に出来る精一杯のことだった。


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