第十二章「それぞれの願い」3
九月中旬、金曜日の放課後、夏の大会で足を怪我してしまった彼のお見舞いに行くため、私は内藤医院を一人訪れた。
「もう車椅子なしで歩けるようになったんだ」
私が腰の辺りを支えるように掴んで一緒に歩くと、付き合って三か月になる私の彼氏、岩田栄治は痛みに負けず「グズグズしていられねぇからな」と男らしく低い声で返事をした。
「可憐は休まず学園通ってるのか?」
「もちろん、部活一色って感じだけど、楽しくやってるよ」
金曜日の放課後、週に最低一回はこの病院に様子を見に来ている私。
順調に栄治の足は回復の兆しを見せていて、私は栄治が早く競技復帰できる日を願いながら、少しでも力になろうと思って彼女らしく一緒にいることにしている。
「そっか、俺も早いとこ退院して、リハビリ頑張らないとな」
「うん、私も栄治には早く元気になってほしいから、リハビリ手伝うよ」
茜先輩たちの影響もあってか私にも今までになかった慈愛の感情が芽生えている。
サッカー部の栄治が夏の大会期間中に負傷した足の怪我は膝前十字靭帯損傷(ACL)と診断され、競技復帰には半年以上は掛かると言われている。場合によっては一年以上も掛かるとも言われ、私は栄治と同じく最初は酷く落ち込んだものだが、落ち込んだままでいるわけにもいかず、今は前を向いて一緒にリハビリを頑張るまでになっている。
内藤医院には入院設備以外にもリハビリ設備も整っていて、栄治は退院後もこの医院を通うことにしていて、本格的にリハビリに努めていく覚悟を決めている。
リハビリを手伝い、白いベッドへと戻る。
すぐそばに外の景色が見渡せる窓があり、空調も効いていて不便はなさそうだった。
「近所に通っていけるリハビリセンターがあってよかったね」
「まぁな、部活もやってる時は練習きつくてたまには休みが欲しいって思ってたけど、いざボールも蹴れないとなると、恋しくなるもんだな」
病室のベッドに座り、汚れ一つない綺麗なサッカーボールを手に掴みながら、栄治は呟いた。
「まだ一年生なんだから。これからだよ」
一年生でもうすぐレギュラーが獲れるところまで成長を見せていただけに栄治が落ち込むのも良く分かる。
でも、私は栄治の落ち込む姿は見たくない。最初から目を見張るほどに惹き付けられた、カッコよくグラウンドを駆け回る栄治の姿を早く見たいと思った。
汗を拭き、休憩を取る栄治の横で、私は持参してきたリンゴを剥いた。
味気ない病院食では成長期の栄治には物足りないだろう、そう思って持ってきたものだった。
「見かけによらず器用に剥くんだな」
「せっかくお見舞いに来てあげたのに、そんなこと言うんだ」
「嘘だって、俺はすげー嬉しいよ」
私よりずっとガタイの良い筋肉質な身体がそのまま私の方に寄りかかり、腰に手をやって、そのまま慣れた様子で私の頬に口づけをした。
「すぐキスして誤魔化そうとする。ここじゃあ包丁は使えないけどピーラー使えば誰だって剥けるよ。これくらいは」
病院内でのキスにはさすがに驚かされるが、これも彼なりの愛情表現なのだろうと思う。私も積極的な彼のそういうところは嫌いではなかった。
「じゃあさ、今度は白桃が食べたいな」
「贅沢言うなっ!」
私は激しくツッコミを入れる。白桃が食べられるなら、私が独り占めしたいくらいだ。
「そっか、じゃあ今日は可憐で我慢する」
「ダメだってこんなところで……」
首筋にまで舌を伸ばしてきて、私は思わず身震いをした。
男という生き物はこうなるとなかなか止まらない。
私は性感帯を刺激され、どんどん身体が熱くなって頬をピンク色に染められ、嫌がりながらも気付けば自分からもキスをしていた。
「本当に知らないんだから……こんな病院で」
「ちょっとだけだって」
その”ちょっとだけ”って言葉はもう散々聞き飽きたと思いながら、私はキスの後で無理矢理剥き終わったリンゴを栄治に食べさせたのだった。




