第十一章前編「冷静と情熱の狭間で」2
始まりは一発の銃声だった。
舞原市に頻繁に発生する呪いをまき散らすゴースト。その日の戦闘でアンナマリーが苦戦し、まだ引っ付いて歩くだけの、霊感のみが備わった未熟だった奈月にゴーストが襲いかかった。
アンナマリーが叫び、奈月が悲鳴を上げ目をそらしたその瞬間、俺は反射的に魔銃を使って奈月を助けていた。
響き渡る銃声、跡形もなく消えていくゴースト。物理兵器が通用しないと知っているアンナマリーが驚きの表情を浮かべていた。
死を目前にした怯えた表情から、涙ぐみながら命がまだ繋がったことに安堵する奈月。
そんな彼女は必死に立ち上がると俺に向かって駆け寄り、危機を脱した感謝を伝えてきた。
だが、震えながらお辞儀をする奈月の姿を見た俺は遮り、後ろを向いてその場を立ち去った。
明らかに手馴れた動きで死を恐れず立ち向かうアンナマリー。
息の呑むような華麗な動きで器用に長い槍を使いこなしてゴーストを切り裂く少女の姿。
その白い肌と乱れ舞う美しいマリーゴールドに似た金色の髪に目もくれず、俺は瞳を潤ませ怯えた表情を浮かべる奈月のことが頭から離れなかった。
あまりにも似ていたのだ……俺がただ一人愛する婚約者、清水沙耶に。
長いまつ毛にクリっとした大きな瞳。肩幅は小さく、慎ましやかな胸と程よい肉付きをしたお尻のライン。細く白い足。傷一つない柔肌は触れるのを躊躇うほどに美しい。
大和撫子と呼ぶに相応しい麗しい女性。また、髪を解くとふわりとした長い黒髪が風をそよぎ、思わず見惚れてしまうほどで、俺はただ、沙耶が大人になっていくのを、ずっとそばで見ていたかったのだ。
いつも笑顔で俺を見る、彼女の絵の具で汚れた顔を、ただいつまでも。
その後、何の因果か、俺が美術部の顧問を務め、いつも美術準備室に居座っている教師だと知った奈月は、親友のアンナマリーと一緒に美術部に入部し、ずっと懐いてしまうようになるのだった。
「先生は……どうしてこんな絵を描くんですか?」
絶望に包まれた地獄を描いた絵画、そこには地雷で足を失い、貧困に喘ぐやせ細った人々の虐げられる姿が恐ろしくリアルに描かれていた。
「人に見せないためだよ。この絵が人の目に触れないため。そのために目を伏せたくなる危険な絵を描いている」
「答えになっていないです……先生は何に苦しんでおられるんですか?」
「奈月、もういいじゃん、こんな根暗教師の相手なんかしないで学食行こうよ?」
白い靴下を履いたアンナマリーが黒いニーハイソックスを履いた奈月の手を引っ張り、そのまま奈月は連れていかれた。
制服姿の二人は毎日見ていても見飽きることがない。
それは、沙耶に似ていたのだから当然だ。
もちろん、性格だって違う。だとしても、自然と胸が苦しくなってしまうのは抑えようがなかった。




