第十章「平和な世界のために」2
明朝、予定通り指定の場所で待機するアンナマリーは自らの気配を押し殺し、緊張感を楽しんでいた。
(さぁ……殺っちゃうよ……。もうウズウズしてたまらないんだからっ)
まだ太陽が昇ったばかりの明け方の空の下、アンナマリーはマンションの三階から四階へと向かう階段に身を隠し息を潜めて、ターゲットが家を出るタイミングを窺っていた。
心地よい風がアンナマリーの金色に輝く髪を靡かせるが、当の本人は集中力がそがれるからとイライラしてしまうほどだった。
(早く、早く来いよ大罪人……先生がどう始末することを考えていようったって、うちが許さないんだからね……」
熱く滾ってくる興奮を抑えられず、気が狂いかけているような状況で待機を続けること二十分、ついにマンションの一室の扉が開かれ、そこから見間違えようのないターゲットの男の姿をアンナマリーは捕捉した。
(ご登場お疲れ様ぁぁ! それじゃあ、お迎えに行くよ!)
既に行動を開始する準備の出来ていたアンナマリーは全く周囲の目がないのを瞬時に確認し、最大速度で男の前まで足音を殺して駆け寄った。
「動き出すのを待ってたよ、爆弾魔さん」
決して逃げることを許さないと告げるようにゼロ距離まで接近し、悪者のような笑みを浮かべて男に囁くアンナマリー。
男は警戒して玄関に出たにもかかわらず目の前に現れた見知らぬ金髪の美少女に身体を仰け反らせた。
「なんだあんたはっ! 突然押し入ってきて」
「ワーワー騒ぐなよ……こっちは我慢の限界なんだからさ。
やっぱり爆弾の設置までがおっさんの担当だったか。
さぁ、家の中に入ってね。命が惜しいなら交渉はそれからだよ」
一方的に指示をしながら銃口を男のこめかみに突き付けたアンナマリー。蓮から再度受け取った黄金に光り輝く鉄の凶器を手に、男を脅し家の中へと戻していく。
土色の肌をした色気のない男に容赦なく突き付けられた拳銃、憎しみの表情を浮かべ睨みつけるアンナマリーに抵抗したくても出来ない状況だった。
「何のつもりだ? ば、爆弾って何のことだよ?!
そいつが本物だって保証はねぇが、覚悟は出来てるのか?」
「一体何の覚悟なのかな? うちはさ……あんたみたいなクソな人間は許せねぇ性分なんだ。何人殺した? そのリュックに入れた爆弾でさ? 今度は何人殺すつもりなんだよっ!?」
「そんなの知らねぇよ、いい加減なことを言いやがって……」
「死にたくねぇならシラを切るなって……本当に撃っちまうよ」
抵抗させないよう普段とは違う人格に狂わせ、毒舌を放つアンナマリー。到底許すことの出来ない犯罪に手を染めた男に容赦などなかった。
それに、これは爆弾犯を脅し従わせるための作戦でもあり。加減する必要のない言動なのだった。
「こんなところで撃ったら警察が……」
「もういいって、そういうのは」
アンナマリーは壁に男を追い詰め、背中から左手に持ち替えた槍を突き立て、勢いよく壁にめり込ませた。
そこから男の輪郭を辿るように槍を動かし、壁を削る嫌な音が響いた。それはさらに大きな脅しとなった。
「分かった分かったよ、要求は何だ? お嬢さんは何をお望みだ?」
目の前に迫る死を前に、必死の表情を浮かべる男はアンナマリーにすがるように聞いた。
「知りたいことは簡単さ、爆弾を仕掛ける予定だった場所を教えてくれればいい、それで命の保障は守ろう」
交渉を持ちかける男に対し、微動だにせず睨みつけたまま命令を告げるアンナマリー。
男は生と死の狭間に追いやられ、抵抗することなく爆弾を仕掛ける予定だった場所の名を告げた。
「そっか、ありがとな、おっさん。
大罪を犯したんだから覚悟は出来てるだろ?
あの世への片道切符だ、受け取んな!」
魔銃による魔力の込められた一撃が放たれる。
ファイアウォールの同時展開により銃声はかき消され、頭部を貫通していく銃弾により男は絶命すると、そのまま静かに壁へ血痕を残しながらフローリングの床に横たわった。
「残念だけどさ。こっちはいつも人外を相手にしてるんだ。
人間を殺すことなんて、造作もないってことなんだよ」
気持ちを高ぶらせ、殺したい衝動にずっと駆られここまで来たにもかかわらず、目的を果たすと人を殺害した空虚さにアンナマリーは苛まれた。人を殺すたびに感じるこの虚しさをアンナマリーはまた経験してしまったのだった。
「先生、ターゲットの始末は完了したよ。あっ、そうじゃなかった、そっちはついでで、爆弾の仕掛ける予定だった場所は分かったよ」
アンナマリーは感傷に浸っている場合ではないと血に染まっていく遺体から目をそらし別の場所で待機している蓮へと連絡してきた。
蓮はこれまで爆弾を作り仕掛けてきた爆弾犯を殺してしまったアンナマリーを責めたかったが、予想はしていたが聞く耳を持つことはなかった。




