第九章「ゴーストサイドセンセーション」2
懐中電灯を付け、暗い洋館の中に入っていく。
慎重に足元を確かめながら歩いていると自分がまるで心霊スポットを探索しに来たオカルトマニアのようであった。
中の様子は寂れた様子もなく、長期間放置されている証拠となる明らかな汚れもなかった。
本当にここに住んでいる人がいる? 誰かに見られているような嫌な感覚を覚えながら私は奥へと進んでいった。
壺や絵画などの美術品も飾られ内装まで凝った立派な洋館。だが、最初は嫌な感覚がして鳥肌が立つほどだったが、徐々に慣れてきたのか怖いという感覚が麻痺して感じなくなっていた。
これはどういうことなのかと不審に思いながら歩いていると扉が少し開き、そこから明かりが零れている部屋があるのを見つけた。
緊張で心臓がバクバクとし鼓動が早くなる。中の様子なんて見たくないのに、勝手に足が部屋に向かってしまう。今更身の危険を覚えることに諦観さえ感じつつ、私は中途半端に開いた扉に手をかけ、中の様子を窺った。
―――そして、部屋の中にいる”浮気静枝と私は目が合った”
「ぎゃあああぁぁぁ!!!」
心臓が飛び出そうなくらいに驚き、私は柄でもないくらい、どこから声の出したのか分からないほどに大きな悲鳴を上げた。
「……先生、大きな声を上げて夜遅くに脅かさないでください」
驚きのあまり懐中電灯を落とし、尻餅を付いて情けない格好で幽霊を見るように静枝を見つめる私を、当の静枝は平静な呆れ顔で私にそう言った。
迷惑そうに椅子から立ち上がって私を見つめる静枝。その様子を意識が飛びそうな中見つめ、目の前がクラクラするほどったがしばらく見つめていると段々と正気が戻って来た。
「ごめんなさい……恥ずかしいところを見せてしまったわね。本当にここに人が住んでいるとは思わなくって」
「そうでしたか……誰かに最近ずっと付けられているなぁとは思っていましたが、私のことを秘密裏に調べていたんですね」
「ごめんなさい、それについては謝るわ。どうしても、気になることが多かったものだから」
ミステリアスな面が多い静枝、それに興味を抱いてしまった私が全面的に悪いと私は認め、静枝に謝った。
こんな夜になって人が来るとは当然思っていなかった静枝は私をソファーに案内して、気持ちが落ち着くまで待ってくれた。
一度部屋から出て、再び戻って来た静枝は花柄の綺麗なトレイを両手に持っていた。
「ミルクティーです。私は夏でも基本ホットしか飲まないので申し訳ないですが、空調はかかっていますから大丈夫ですよね?」
冷房がしっかりかかった部屋でミルクティーを静枝から出された私は肝が冷えていたところで丁度よくありがたく頂戴した。
「ありがとう……こんなに落ち着くミルクティーは初めて飲んだわ」
幽霊が出たら怖いわけではなかったが、ようやく気分が落ち着いた私は改めて静枝の姿を見た。
艶のあるセミロングの黒髪、特徴的な青い瞳、細いシルエットに白の薄手のセーターに黒のキャミソールを着ている。以前に寒がりだと話していたことがあるが、それに合致する服装をしていた。
「そうですか、先生でもこんなに動揺することがあるんですね。実に興味深い体験でした」
「意外と浮気さんは意地悪なのね……」
「静枝でいいですよ、浮気さんって呼ばれるのは本当のところ気分のいいものではなくて、”うわきもの”みたいじゃないですか」
私に気を使ってジョークを言ってくれているのかもしれない、私は人間らしい彼女の一面を見て、今までより親しみを得た心地だった。
「そうね、静枝。こんなに親しく接してくれるなんて、先生嬉しいわ。
本当のところ、静枝とどう接するか悩んでいたから」
誰に対しても心を開かない、内気な少女だと思っていた私は、予想外の展開に安心感さえ覚えた。
「私はそういう悩んでいる先生を見るのも楽しかったですよ。私はそもそも人に親しくされることに慣れていませんから、自然と距離を置いた関係に終始してしまうんです。それを生きやすいと思ってしまう私が良くないんだと思うんですけど」
こうして静枝が暮らす場所で二人で話すと、彼女は予想外にもリラックスしていて饒舌だった。私にはこの広い屋敷は孤独な空間に見えたが、静枝にとってはこの怪しく広い屋敷での暮らしを気に入っているのかもしれない。
静枝は普段の氷のように無表情な姿と異なり、表情は硬いながらクッキーを摘まんで口にして、実に穏やかな様子だった。
「先生は私の素性に興味があるんですよね?」
微笑を浮かべながらこちらの顔色を覗く上品さの引き立つ静枝、私はクッキーを食べている姿が儚げな少女に見えていたから、教師にも関わらずドキっとさせられた。
「興味がないといえば噓になるわね」
「先生、正直じゃないですね。まるで素直になれない男の人みたいですよ。別に見てきたわけじゃなくて知識で言ってますけど」
静枝ほど心の内が読めない相手も珍しいと思いつつ会話を続ける、静枝は誰にも言わないなら教えてあげますと口にした。私はその甘味な誘いに乗って頷いた。
静枝本人から語られるこれまでの人生の歩み、それを私は静かに聞いた。




