第八章「試される代行者」7
「やっと姿を現したようね……悪趣味なことばっかりして、絶対許さないんだから!!」
茜は再び姿を現した宿敵を前にし、怒りの感情を隠すことはなかった。
リリスはそれにも余裕の表情を崩すことなく、暴れ回る野良犬達と戦う様子を陽気に観戦していた。
「茜先輩!! 行ってください!! ここは私が食い止めます。逃げられる前に!! あれは生かしておいてはいけないはずです!!」
可憐も思いは同じだった。魔法使いになり、仲間となったことで可憐にもリリスがスクールバスの爆破事件に関わっている可能性が高いことを説明している。ここで仕留めることに迷いはなかった。
「ありがとう、可憐。もうあたしは逃がさないから」
仲間として勇気を振り絞り期待に応えようとする可憐に目を向ける茜。互いが頷き、意思を確かめ合うと、茜は魔力を全開に放出して勢いよくコンテナへと向かって高速で飛びあがった。
悪霊らしく大鎌を手に茜の不可視の剣とぶつかり合うリリス。
刃と刃が接触するたび、鋭く鈍い音が辺りに響き渡り、始まった戦闘の激しさを如実に物語っていた。
「さぁ向かって来なさい!! 可憐ちゃんが相手してあげるんだから!!」
細身の可憐がヨーヨーを構え、次々に向かってくる野良犬達を押さえようと対抗する。
「これはただのヨーヨーじゃないよ、電気を帯びた、超電磁ヨーヨーなんだから!!」
電撃が走る魔力を放流するヨーヨーは野良犬達に効果てきめんなようで、ヨーヨーが命中した野良犬ばその場で倒れ、身体を震わせながら麻痺して立ち上がることさえも出来なくなっていった。
電気を操ることが出来る魔力因子を持った可憐、ヨーヨーは彼女のその特性を存分に発揮するのに適した武器だった。可憐が超電磁ヨーヨーと呼んでいるのは彼氏の好きなロボットアニメの影響によるものだが、当の可憐は特に恥ずかしがることもなく、電流を相手の身体に流し込むこのヨーヨーを器用に使いこなしている。
「凄いよ可憐!! ゴーストに効いてる!! その調子だよ!!」
可憐の武器がどれほどゴースト相手に通用するのか、麻里江は気がかりだっただけに感激してしまった。
「あはははっ!! 強い女の子は好きよ。そうやって自信過剰に向かってくる貴方のようにね!! でも、相手が悪かったわね、貴方が真正面から向かってきても、勝ち目はないのよ」
コンテナの上、月をバックに目にも止まらず様子で一騎打ちを続けるリリスと茜。だが、リリスは鍛錬を欠かさず実戦を繰り返してきた茜の高速で繰り出す連撃にまるで動じることなく防ぎ切り、全く姿勢が崩れる様子がなかった。
「またスクールバスを狙って。こんな悪事を繰り返して、生かしてはおけないからっ!! ファイアブランド、あたしの声に応えて!! てやぁぁぁぁ!!」
パッと辺りを明るく照らすように紅く光り輝き、火の粉を飛ばして姿を現す緋色のファイアブランド。
その美しき輝きから放たれる炎の業火が茜の呼び声に応じて宿敵であるリリスに向けられる。
強烈な魔力を帯びた灼熱の煉獄へと向かわせる威力を感じ取ったリリスは大鎌を構え、自身を守るファイアウォールを展開して死力を尽くして繰り出した茜の一撃を受け止めた。
見えない壁に覆われたシールドとぶつかり合う業火を放つファイアブランド。
映画ような圧倒的な迫力を演出する光景を前に、地上から三人も戦いの様子を横目に見守った。
強い意志を力に変えて放った茜の決死の攻撃。だが、リリスは必殺の一撃を凌ぎ切って、反撃の一撃を今度は茜に放った。
大鎌の鋭い刃をファイアブランドで受け止め、強い反動でそのまま吹き飛ばされコンテナの上に倒れこむ茜。
その様子を見て、立ち止まっていることなどできず、可憐は駆け出した。
「茜先輩ーーーー!!! 今、助けに行きますっ!!」
魔力の扱いはまだ不慣れだが、足に意識を集中させ、高くジャンプをすると茜とリリスが対峙するコンテナの上へと飛び乗った。
「私だって仲間です。魔法戦士になったんだから、役に立って見せます!!」
電撃を帯びたヨーヨーを今度はリリスに向け発射する可憐。
だが、リリスの展開するシールドをヨーヨーは破ることなく、不敵な笑みを浮かべたリリスにより、反撃となる大鎌の一撃をその身に浴びせられる結果となった。
「ああああぁぁぁ!!」
これまで感じたことのない痛みが身体を襲い、可憐は叫んだ。殺し合いでしか体感することのない、耐えがたい苦痛。可憐は痛みのあまり、抵抗する力を失った。
「ひよっこまで出て来れられたら、無謀というほかないわね」
虫を払うように簡単に可憐を地に伏せたリリス。
痛みを訴え苦しむ可憐の姿を目の当たりにした茜は、倒れたままでいる自分を許すはずがなく、再び仲間のために立ち上がった。
「あんたの相手はあたしよっ!! 可憐には手を出さないで!!」
限界を忘れた意志の力でリリスの意識を自分に向けようする茜。
リリスはその勇敢な姿にさらに興味が湧いたのか、恍惚の眼差しで茜を見つめた。
「そう……いいわよ、貴方がこの子が大事だというなら殺さないでおいてあげるわ、その代わり、貴方の命の保証はしないけど、もちろんいいわよね? どんな仕打ちを受けたとしても……」
リリスの頭の中に蔓延る危険な欲望はまるで想像できないが、興味関心は茜へと完全に向けられていた。
茜は不可視の剣を構え、今度こそはと獄炎を発現させて向かっていく。
だが、ここまでの戦闘で魔力を消費して鈍くなってしまっている茜の攻撃を膨大な魔力許容量を持つリリスが防げないはずがなく、簡単に大鎌で不可視の剣を受け止め、弾き飛ばした。
「さぁ……ゲームセットよ。拘束してあげるわ」
リリスが手を頭上に掲げ、召喚させた黒い影から二本の鎖が伸び、茜の身体を容赦なく拘束する。必死に抵抗を繰り返しても強く締め付けてくるその鎖は全く解けることなく、茜はついに苦しみの声を上げた。
「くあああぁぁぁぁ!!」
「残念ね、もう戦う力は残っていないでしょう?」
リリスは絶叫し苦悶の表情に歪んでいく茜の姿を見て満足げに微笑む。人の苦しむ姿こそがリリスの求める快楽だった。
麻里江と雨音は地上から声を上げ、何とか助け出そうとするが目の前に次々に襲い掛かってくる番犬となった野良犬の抵抗を受け、まるで上手くいかなかった。
「せ、せんぱい……私が立たないと……せんぱいが……」
悔し涙を流し、何とか力を振り絞り立ち上がろうとするが、可憐の身体は言うことを聞かず動かなかった。
「それじゃあ、この娘は貰っていくわね。あははははっ!! せいぜい自分達の無力さを呪いなさい!!」
勝利に酔いしれるリリスは妖艶な女の笑い声をあげ、非情にもそのまま茜を連れ去っていった。
追いかけられるほど余裕のある仲間はおらず、リリスはあっという間に茜と共に消え去ってしまった。
「せんぱーーーーい!!!」
可憐が涙ながらに大きな声で叫び、月の浮かぶ頭上を見つめる。
「茜ーーーー!!」
麻里江は操られた野良犬達を相手にするのに精いっぱいだったが、必死に声を張り上げた。
リリスと茜が姿を消すと、野良犬達も去っていく、
「そんな……なんでこんなことにっ!!」
親友を連れ去られ、その場で膝をついて地面を叩き悔しさを露わにして、最悪の事態に後悔の念を隠せない雨音。
残された三人は予想だにしていなかった末路を迎え悲しみに暮れ、力及ばないまま連れ去られてしまった茜のことを思い、夜更けを迎えるまで悔し涙を流し続けた。




