第八章「試される代行者」2
瞬きを繰り返し目を細めて見ても、殺したはずのアリスが夢や幻となって消えてくれることはなかった。
「また私の前に姿を現して……覚悟は出来ているのでしょうね?」
可憐が一緒にいるこの状況での遭遇は最悪のタイミングであった。
礼拝堂で遭遇した時と変わらない童話から出てきたような美しいフォルム。
しかし、人工的に作られたホモンクルスと変わらないアリスを私は警戒しなければならなかった。
「黒江、そんなに怖い顔をしないでよ。今日は黒江に用があって来たわけじゃないよ。そっちの可愛いお嬢様に用があって会いに来たんだから」
オッドアイのアリスの瞳が鋭くこちらに注がれる。
目的の見えない美しくも残酷な視線に緊張が走った。
しかし、私の方に寄せていた視線はすぐに可憐へと向けられた。
「私……? じゃあ、アリスは私が必要としていることに気付いてくれたんだ……」
緊張しながらも、可憐の感情が喜びに包まれているのを私は感じ、さらに危機感を強めた。
「そうだよ、君もやっと仲間になれる。アリスの祝福を受けて魔法使いになってくれるよね?」
「アリス、性懲りもなく堂々と私の前で勧誘活動だなんて……。
そう易々と、私の大事な生徒を巻き込まないでくれるかしら」
可憐に笑顔を向けるアリスのあざとさに苛立ちを隠せず、私は上着の内ポケットから拳銃を取り出し、サイレンサーを取り付けると、迷わず照準をアリスへと向けた。
「冗談はやめてよ、君の持つ戦力を増強してあげようとしているんじゃない。君にとっても利するところがあることでしょう?
とびっきり危険なゴーストが暴れ始めて黒江も困っているのでしょ?
どうしてそんなに感情的になってアリスを悪者扱いするの?」
「戯れ事はやめなさい、あなたの出る幕はないのよ。さようなら、今度こそ姿を見せないで」
早く黙らせたい歪んだ感情が湧き上がってくる。
私は本物のアリスを知っている、信頼している、未来を託そうとしている。
だから、なおのことこんな下手な芝居を続ける愚かな偽物を許せなかった。
「先生……嘘ですよね。アリスは私たちを危機から救ってくれる力を与えてくれているのに……それって、本物じゃないですよね?」
可憐が怯えるようにアリスに拳銃を向ける私を見る。
今、私は冷めたような殺し屋の表情をしているのかもしれない。
生徒の前で見せるような表情ではないが、私は既に頭に血が上っていた。
「本物よ、実銃を見るのは初めてよね。目をそらしておきなさい。
貴方には、刺激が強すぎるわ」
サイレンサーを装着したシルバーのワルサーPPK。
手にすっぽりと収まる鉄の凶器は、私の胸を熱くし、確かな覚悟を与えてくれる。
「―――ちょっと、そう何度も代えが用意できる器じゃないんだから」
アリスの制止を促す言葉を気にすることなく、私は迷わず雑音を取り除こうと引金を引いた。
額に命中した銃弾により音もなく倒れていくアリス。まだ身体年齢によれば思春期を迎える前のアリスの身体から血が流れ、血だまりが住宅街の道路に出来上がっていく。
「先生……。アリスが……茜先輩たちを覚醒させた立役者が」
可憐には取り返しのつかないことをしたように見えるだろう。だが、こうして銃弾を浴びせるのは二度目だ、可憐に言えるようなことではないが、今更罪の意識など微塵も感じなかった。
「立花さんは気にしなくていいの、これはあなたの願望が作った醜い幻想よ」
空虚に満ちた感情のまま、淡々と私は可憐に告げた。
「せ、せんせい……」
声を漏らし心を震わせる可憐。あまりにショッキングな経験だったのだろう。膝から崩れていく可憐の身体を私はなんとか抱き寄せ、優しく受け止めた。想像通り、可憐の身体は軽く柔らかいものだった。




