第五章「偽りのアリス」5
私は人知れず時間を作っては茜たちには秘密にしたまま《《偽物であるアリス》》の捜索を続けていた。
魔力を痕跡を辿り、夜の捜索を続けるのは実に骨が折れたが、茜たちを覚醒させた存在が誰かによって生産した偽物であるなら、アリスプロジェクトのメンバーとして放置できることではなかった。
本来このような事態となれば、仲間に増員や対応策の検討を求めるのが自然な流れかもしれないが、確証がまだ薄い以上、メンバーに手間をかけさせたくはなかった。
「まさか、こんなところに潜んでいるとはね……」
夜の教会の内部は色濃いファイアウォールに包まれていた。
人の意識にまで介入できるだけの強い影響を与える気配遮断を用いている。
私のような能力者でなければ、教会に近づくことすらままならないだろう。
元々、宗教法人の所有権にある教会をアジトにしているという想定はしない。だから今まで気づかなかったのだろう。
視線の先、私の侵入に気付いたのか自分の方から正面に姿を現したアリス。誰もいない暗い礼拝堂の奥からオッドアイである紫色と黄色の二色の瞳を輝かせていた。特徴的なアリスの服装とヘアバンドを着けた金色のロングヘアーは実に人の目を惹きつけるものだ。
只物ではない気配、外見上の特徴を照らし合わせればアリスであることに間違いはない。
だが、その気配はあまりに毒々しく、人の侵入を拒むように鋭い瞳でこちらを睨みつけ、居心地の悪さを感じてならないほどにこの場の空気が張り詰めていた。
「ずっとアリスの行動を観察しようと辺りを探していたのはあなたですか……」
本来のアリスのように自立して思考を働かせているのかはまだ分からない。しかし、その言葉からは器用に自然言語を使いこなしており、声色は少女そのものだった。
「もう、逃がさないわよ」
私は相手の出方が分からず、緊張の色を隠せないまま決意を込めて言った。
そして、懐から抜いた拳銃を迷わず突き付けた。
「逃げていたつもりはありませんが、出会い頭に子ども相手へ銃を向けるなんて、貴方は実に物騒な歓迎をしてくれますね」
そのアリスは見た目には十歳程度の少女の外見をしていて、綺麗な衣装に身を包み、腰まで伸びる艶のある長い金髪をしている。模造品であるにもかかわらず、私が知る本物のアリスと瓜二つの外見をしていた。
「あなたが偽物であることは分かっているのよ。
あなたの目的は何? 全部吐いてもらうわよ」
意志の強さで負けないよう言葉に力を込めて脅しをかける。
だが、アリスを演じる愚者は、その脅しに動ずる様子はなかった。
「何を言ってるの? アリスは世界を守護することを目的に存在するアンドロイド。誰に指図されたものでもなければ、人を救うこと以外に目的なんてないでしょう」
どこで聞いたのか、最もらしいことを言ってのける偽りのアリス。
それがさらに私の心理を逆なでしているようだった。
「嘘は止めなさい、あなたがアリスプロジェクトに無関係である証拠は上がっているのよ。アリスから直接確認した。舞原市にはアリスはいないって。
貴方が少女たちを誑かして、洗脳して魔法使いを増やしているのでしょう?
一体、何が目的だというのよ」
茜たちは悪魔の取り引きをさせられている。
そう本当ははっきり言ってやりたかった。
拳銃を握る右手に一層力が入る。
「だから、世界の救済のためだって言っています。
現にゴーストの危険が人々に迫っているのですよ。
霊感があって、あなたのような知性的な大人であれば、少し考えればわかるはずです」
「話しにならないわね、少女たちは戦いの道具じゃないのよ。どうぞここで消えて頂戴」
余計な戯れ事に付き合う気になれず、私は安全装置を外し、さらに威嚇して拳銃を構える。
黒光りする鉄の凶器を前にしてもアリスを語る偽物は動じる様子一つなかった。
「ここで引き金を引いて罪を背負う覚悟があると?
命を惜しいとも思わない意思の強さがあるなら、もっと成すべきことがあるはずです。
あなたこそ、本当に稗田黒江ならアリスに協力するのが筋ではないのですか?」
「冗談言わないでちょうだい。どんな野望を企んでいるかは知らないけど。
プロジェクトの妨害行為は重罪よ。ここで消えてもらうわっ!」
私はこれ以上の会話は要らないと迷いを捨てトリガーを引いた。
静かな礼拝堂に銃声が響き渡る。割れんばかりの音に心が砕けそうになるが、私はここで容赦するわけにはいかなかった。
一撃目がお腹を貫き、赤い鮮血がポタポタと垂れる。彼女は立っているのも困難なほど表情を歪めるが、私は続けざまに二撃目を右肩に、三撃目を右足に、そして、四発目の銃弾を胸に狙いを定め、両手で握ってしっかり握って撃ち放った。
四発の銃弾を浴びせた私は、やり遂げた脱力感と共に息を切らしながら銃を下した。
銃弾で身体を貫かれ絶命したのか偽物のアリスはうつ伏せに倒れる。全くびくとも反応をしなくなった死体を私は虚ろな目で見つめた。
「人形のくせに、赤い血を出すなんて、趣味が悪いのよ……」
精一杯強がって見せたが、人を殺めた感覚と同様の動悸が身体を襲っていた。
私はツンと鼻を差す火薬と死の臭いが混じりあう異臭に負け、礼拝堂を逃げるように立ち去った。




