第五章「偽りのアリス」3
それから間もなく、月城先生が保健室に戻ってきた。
私とひなつが距離を近づけて椅子に座っているのを見ると不審者を見るような表情を浮かべた。
「あっ……お話しされるならベッドに戻りましょうか?」
私と月城先生に目配せをしながら遠慮がちにひなつは言った。
ひなつにはタイプの違う私と月城先生が話す姿が不思議に映っているのだろう。
「ひなつは好きにしていてよいのですよ、屋上で話してきますからね」
優しく月城先生がひなつを制止させる。ひなつの相手をするのは手馴れている様子だ。
「それじゃあ、行きましょうか。ミス黒江」
「ええ……」
相変わらず胡散臭い欧米人のような話しぶりで屋上へと誘う月城先生。
私は興味深そうに見つめるひなつを置いて、保健室を退出した。
屋上に上がり、月城先生からA4用紙数枚の資料を受け取ると、私はベンチに座り、そのまま煙草を吹かしながら資料に目を通した。
「ありがとう、感謝するわ」
私の知らない情報が入っていることに興味を惹かれながら私は先に感謝の言葉を告げた。
「オウ、こちらこそ、ひなつ嬢のお相手をしてくれて感謝を申し上げますヨ。
乙女らしい心の内側に深い孤独を背負ってる、素敵なガールでしょう?」
「そうですね、一人きりでお城に住んでる、お姫様のようです」
「フフフッ……メルヘンなエグザンブルね、実に魔女と相性が良さそうネ」
知ってか知らずか、月城先生は私のことを魔女と例えた。
それを言われて嬉しいわけでもなく、悲しいわけでもないのが、私が魔女であることを肯定してしまっているような感覚になった。
私がそのまま黙り、煙草を咥えたまま資料を凝視していると、月城先生は再び口を開いた。
「……浮気静枝、物静かで保健室にもたまに来ているけど、まさか黒江のアフタースクールに入るなんて、奇妙奇天烈な展開ね」
口調は相変わらず軽い調子だが、月城先生は普段のようなハイテンションではなかった。
「入ってきた新入部員の内、他二人はあまり憂慮するような点はなかったのだけど、彼女だけは気になることが多くてね。どう接していいのか迷っていたから助かるわ」
私は月城先生が言ったアフタースクール発言にツッコミを入れることなく、個人情報たっぷりのデータをくれたことに感謝して言った。
以前に社会調査研究部の顧問を私がしていることを言うと、月城先生は実に興味深そうにほくそ笑んでいたのが印象的で、それ以来一層私に興味を示すようになった経緯がある。
確かに、事情が事情だけに引き下がれないが余計な仕事を背負っている自覚はある。
月城先生が私の行動を不思議に思うのは当然の結果だった。
「それで、不安は解消されましたか?」
「さぁ……どうかしらね……」
何度も用紙を眺める私を見ていた月城先生は実に愉快そうに私の様子を見ていて、そのまま私の胸ポケットに入れている煙草に手を伸ばした。
「黒江は優しいのですネ。生徒たちに自分が何を出来るのか、真剣に考える眼をしていますネ」
煙草を指に挟みながら月城先生は饒舌だった。
私は心を読まれているような居心地の悪さを感じながらライターを手にし、煙草に火を付けた。
「禁煙してたんじゃないのかしら?」
意地悪に私がそう言うと、月城先生は笑って「こんなものを調べさせられたら吸いたくてたまらなくなるデース」と言った。
煙草を吸った月城先生は時折遠い目をしながらそのまま私を置いて保健室に戻っていった。
私は一人になり、改めて貰った資料を吟味した。




