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14少女漂流記  作者: shiori


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第五章「偽りのアリス」2

 四月も残り少なくなってきた頃、私は保険医の月城先生を訪ねようと保健室へと向かった。

 理由はあまり人に言えたことではないが身辺調査だ。

 社会調査研究部に入部してきた内の一人、転校生の二年生、浮気静枝だけは分からないことが多く、疑問が残っていたのだ。


 詮索することは良くないとは思いつつ、一度気になってしまうと胸騒ぎを覚えてしまい、ついつい事情に詳しそうで信頼できる月城先生を頼ってしまった。


 月城先生がいることを期待し、授業が空いた時間に保健室に入ると、そこにはお目当ての月城先生は不在で、代わりに一人の制服姿の少女が椅子に座ったままこちらを見ていた。


「月城先生はいらっしゃらないのかしら?」

「稗田先生、ここにはいませんよ、月城先生は先ほど出ていかれました」


 か細い声で少女は言った。

 幸薄(さちうす)そうな小柄な少女の姿には見覚えがあった。


水瀬(みなせ)さんだったかしら? 一年生の」

「はい、水瀬ひなつです。よく覚えていましたね」

 

 水瀬ひなつ、よく保健室で見かける少女だ。

 見るからに虚弱体質だと分かるか細い体格をして、障害があるのか片目には眼帯もしていて、一度見ると印象深く忘れないほどだ。


「ふふふっ……先生、遠慮しなくていいですよ、ここに住み着いてるわけではないですから」


 どう会話を続けてよいか戸惑っているのがバレてしまったのか、無感情に見えたひなつは表情を柔らかくして言った。


「分かりやすかったかしら、君のような子は少々苦手で」

「分かります。そういう扱いを受けるのには慣れていますから」


 ひなつの言葉にさらに申し訳なくなっている自分がいた。

 それから、私は月城先生を待つことにして、椅子に座ってひなつと談笑を始めた。

 驚くことにひなつは三十六キロしか体重がないらしい。

 身長が高いとはいえ倍近い体重のある私は別の意味でショックを受けたが、白い肌にやせ細った小柄な体格は、少し本気になって力を入れて握ってしまったら簡単に骨が折れてしまいそうで、壊れ物のように見えてしまった。


「これでもご飯をたくさん食べようとしてみるんですが、食べたら食べた分だけ吐いてしまうんですよね。本当に厄介な話です」

 

 笑い話のように恐ろしいことをいうものだから、若干私は引いてしまった。

 彼女にとっての主な主食はサプリメントや栄養ドリンクらしく、脂っこい食べ物には特に身体が拒否反応を起こし、美味しいものはなかなか口にできず、何とも大変なのだと思い知らされた。


「でも、こうして高校に通わせていただけるだけ私は幸せなんです。

 リモート授業で何とかなってしまう今の世の中ですけど、時々でいいから制服を着て学園で過ごしたいなって思うんです。

 わがままなことじゃないですよね?」


 ひなつの願望は実に彼女らしいものだった。

 しおらしいひなつの姿を見て月城先生が優しくするのも納得だと実感した。


「せっかくですから、占いをしていきませんか?

 私、占いに凝ってるんですよ。

 手相ですけど、一度見させていただいてもいいですか?」


 会話が長続きするものでもなく、黙って月城先生を待っているのも気まずいだろうと思い、私はその提案を受け入れた。

 互い椅子を近づけあい、椅子に座って向かい合う。ひなつの視線は既に私の手の方を向いていた。


「それでは、右手を出していただけますか?」


 言われるがままに私は右手を差し出した。

 遠慮がちに両手で私の右手を握るひなつ。

 優しくさするように手のひらの感触を確かめる姿は何とも言えないこそばゆいものだった。


「これは……力強くて逞しい手ですね。女性としての強さを感じます。それに苦労もされています。先生はやっぱり自分に厳しい方なのですね」


 しみじみと言葉にするひなつ。気恥ずかしさを覚えながら聞いていると、ひなつの頬がどんどん赤らんでいく。

 いや……何だろうこの感覚は。見られているという感覚だけでない、何か恋する乙女のように愛おしく私の手の感触を楽しんでいるようにも見えた。


 これはフェチズムというのやつなのだろうか……。

 ひなつは先ほどまでの平静さからは考えられないほど、実に幸せそうに露出している肌を紅潮させている。


「そんなに、私のことが分かるものなのかしら?」

「いえいえ……そういうわけではないですが、私が思った通りの手のひらをしているので、つい嬉しくなってしまいました」


 ひなつの言葉の意味するところはよく分からないが、今までの印象と一致しているということだろうと私は解釈した。


「手相は統計学によって分析する分野です。

 先生も気軽に聞いてください」


 確かに催眠をかけられ洗脳や暗示をかけられるわけではない。

 ひなつの趣味に付き合ってあげている程度の軽い気持ちで臨むのが良いのかもしれない。


「それでは見させていただきますね」

「ええ……お手柔らかにお願いするわね」


 なかなか外に出る機会も少ないひなつのことだ、これは数少ない隠れた趣味なのかもしれない。私は温かい気持ちで見守ることにした。


 まじまじとした視線を送り、小さな手で確かめるように私の手を握ったまま、ひなつは手相占いを始めた。


「生命線は……先で少し枝分かれしていますね。ですが、長くしっかり伸びています。深く考えず気にしないのがいいですね。

 次に運命線ですが、複数流れて伸びているので複業が向いている人と見ていいですね。色んなところで成功を収められるかもしれません。

 感情線は短くて控えめな感じです。短いのは好き嫌いを示すと言われています。苦手なタイプを相手にする時は顔に出やすいので、少し意識して気を付けるようにすると運気が上がるでしょう。

 全体的に見て八つの丘も親指の付け根にある丘、金星球を中心にどれも形がいいので自分に自信を持って今を生きていけば素敵な未来が描けるとが思いますよ」


 真剣に占ってくれるひなつの言葉に感心しながら私は聞いた。

 占いというものは対象者に自信を持たせるための指針を与えるのが大きな役割であると言えるが、その辺りをひなつは心得ていて、表立ってネガティブな言葉を使うことなく、彼女の性格らしく実に真面目に占ってくれた。


「すみません……ついつい真剣になってしまって。

 もう少し面白いことを言えるとよかったですね」


 つい感心して黙ってしまった私を見て、ひなつが申し訳なさそうに言う。


「そんなことはないわ。

 そうね、もう少し自分に自信を持って生きてみるのがいいのかも」


「人は傷つきやすい生き物です。

 慎重になって行動が慎ましやかになってしまうのが普通だと思います。

 でも、それも一つの優しさでしょう。

 私は先生のことを応援しますよ。きっと、先生には皆さんを導く力がありますよ」


 ひなつに私のことがどれだけ見えているのかは分からない。

 だが、私の中にある迷いを感じ取ったような言葉一つ一つを私は静かに噛み締めた。

 

 私の手を離し、手相占いでコミュニケーションを取ることが出来て満足そうにするひなつ。

 窓の方をじっと見ながら、私から視線をそらしたひなつは小さく口を開き、ぽつりと呟いた。


「《《先生は》》、《《夢で見たことが現実に起こるっていったら信じますか》》?」


 思わず私は何を突然と思い「えっ」と反応してしまっていた。

 私の反応にひなつはがっかりした様子もなく「やっぱり気にしないでください」と、ぼそっとこちらを向いて言ったきり、それ以上の具体的な説明はなかった。


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