Tips3「望月麻里江」2
私の暮らす神代神社は山の麓に位置します。
ここからさらに山を登っていけば山頂まで行くことができて、ここよりさらに舞原市の全景を眺めることができます。それはまぁ美しい景色で学園都市から住宅街、遠くに位置する繁華街に至るまで、心地良いそよ風が吹く中、天気が良ければとても風情のある景色を拝見することが出来ることでしょう。
私はこの神代神社の境内から石段の真下にある桜並木を見るのが好きで、その通学コースを散策するのが幼い頃から好きです。
確かに住宅街や学園都市の寮に暮らすのに比べれば利便性も悪く、通学に時間がかかります。しかし神社から長い坂を下りて、桜並木を自転車で通学する毎日も悪くないと思っています。
学園のない休日、昼食が終わった後の昼下がり、まだ春の陽気が続く中、母はエプロン姿でおはぎを作っているようでした。町内会に出席したり、行事を多く抱えている母の姿は主婦にしては実に忙しそうで、充実した毎日を過ごしているように見えます。
神社の管理を一任している父も同様に忙しそうにしていて、朝から姿が見えません。
私は母から境内の掃除をすることを言いつけられている二人の妹の姿を見に行こうと箒を抱えて草履を履き、母屋を出ました。
イベントごとに限らず、地元の人たちだけでなく、時折観光客もやってくるこの神社は普段から掃除をするのが大事なのだが、私の予見していた通り、妹の二人は箒を砂の地面に置いて猫と実に機嫌よさそうにじゃれ付いているようです。
「ほれほれ~! 欲するならば、その手を伸ばして取りに来るのじゃ!」
「猫さん……かあぁいいよ……にくきゅう触らせてー!」
猫じゃらしを使ってぴょんぴょん跳ねる猫と戯れるまだ小学校に通う末っ子の実椿。
それに私の一つ年下である千尋は今にも涎を垂らしそうなだらしない表情で猫を抱っこして高い高いしていた。
確かに私たち姉妹は揃って神社に住み着いている野良猫たちが好きで仕方ないが、だからといって頼まれた仕事をサボっていいわけではない。
そもそもこの神社で生まれ育って、ずっと猫と遊ぶ時間があったのに、今もまだこうして猫とじゃれあい続けているなんて……成長というものがまるで見えない。
私は二人の姿を見ながらうらやま……いえ、ちゃんと姉として自分たちの立場というものを分からせてやらねばと近づいて行った。
「こらっ! 二人とも、掃除はどうしたの?! 何時までもサボっていてはいけないでしょ!!」
私が仁王立ちをしながら二人に向かって怒気強めに大きい声を出すと、二人は猫から身体を離して背筋を伸ばした。
「うわっ! お姉ちゃんだ」
三女の実椿は見つかってしまったという具合に焦った様子で高校生になったばかりの千尋の影に隠れた。
「もう……千尋も今年で高校生なんだからしっかりしないとダメよ。
いつまでも子ども気分でいたら、周りにも迷惑が掛かるでしょう?」
千尋と視線が合ったところで、私は言った。
「お姉ちゃんは厳しいなぁ……ただでさえ身長高くて威圧感満載なのに、そんなんじゃ彼氏できないよ?」
「もうっ! 口答えしないのっ! それに私たちは神職を務める巫女なんだから、殿方のことを考えるのはもっと先のことでしょうっ!」
「そんなこと言ってたら……人生乗り遅れちゃうよ。行き遅れになっても知らないんだからっ!」
喧嘩を吹っ掛けられたような気がするが、二人は手を繋ぎ逃げるように去っていく。
どうしてこんなことを言う子に育ってしまったのか、何とも不甲斐ない気分だった。
身長が175cmもあること、長身で可愛げがないことや胸が大きいことは私にとってコンプレックスになっている。
小学生の頃には中学生に見られ、中学時代になってからは高校生に見られる。
そして今や大人にしか見られず、女子大生くらいなら未だしも、お母さんよりも身体が大きくなってしまって、どっちがお母さんなのか分からない事態になってしまっていることは何とも納得がいかない。
この歳から老けていく自分を意識することなど、断じて嫌なだけに、もう少し身長が縮んで、女の子らしくいられたらと願わずにはいられない。そこだけだけは千尋のことを羨ましく思っている。
二人がいなくなって遊び相手がいなくて寂しがっているのか私を憐れんでいるのか、どちらか分からないが足元に寄ってくる猫たちを見て、私はその場に座り込んだ。
「むー……納得いかないですね……。殿方が私に振り向いてくる日が来るんでしょうか……?」
自分から積極的に異性を求めなければ、いずれ母と父のようにお見合い結婚になるかもしれない。それは時代錯誤で私の持っている理想像とは異なる。
私だって年頃の女子だ、自分が好きになった人と将来を共にしたい願望はある。
だけど……これまでの人生を振る返っても浮ついたような出会いやロマンスの経験がない。
私は理想が高すぎるのだろうか? ドラマのような出会いは幻想で、もう少し現実的に世の中を見た方がいいのだろうか? 考えてもよく分からない。
私はスリスリと着物に寄り付いてくる猫の一匹を抱きかかえ、胸に招き入れる。
他の人よりもふくよかな胸元で抱える猫を撫でていると、実に気持ちよさそうに猫は「ニャー」と鳴いた。
「猫のことはよく分かるけど、殿方のことはよく分かりませんね。
いえ……こんなスキンシップが殿方相手にできるほど、私に勇気はないですが……」
すっかり飼い猫のように懐いている猫たち。
長年連れ添っているだけに、もう家族のような感覚だ。
「にゃーにゃー言ってる場合じゃないのですよ~。私も頑張らないといけないのです」
猫は私の悩み相談を聞いてくれるわけではないが、今日も元気の素になる、ありがたい癒しを与えてくれたのだった。




