第四章「花ざかりに祝福を」4
私は三人がいると話がややこしくなりそうだと思い先に帰した。茜は最後まで被害者の面倒を見たい様子だったが、二人がなだめてくれた形だ。
助けた二人の少女、偶然にも二人とも凛翔学園の生徒だった。
一人は立花可憐と言い一年生で、ゴーストに追われてここまで逃げてきたのだと泣きながら説明してくれた。必死に無我夢中で逃げてきたのだろう。サンダルを履いてサイズの大きいTシャツにショートパンツを履いた寝間着姿をしていた。
栗色のショートヘアーと目の横に小さくホクロが付いているのが特徴的で、かなり精神的にも疲弊している様子でなかなか落ち着いてくれる雰囲気ではなかった。
もう一人は浮気静枝、長い黒髪を真っすぐに伸ばし、小柄な体格をしていて、あまり感情を表に出さず不思議な雰囲気がある。淡々とした様子で話す彼女の説明によれば小さい頃から霊感に近いものはあったが、最近になってよく視えるようになったそうだ。
ゴーストの危険性も知っていて、避けるすべも自然と持ち合わせているようであまり危険な状況に恐れる様子がなく、静かな話しぶりで、非常に大人しい。性格によるものだとは思うが、どこか生に対する執着がないようにも見える。
少しこの浮気静枝という少女に関しては出生など詳しく調べてみる必要を感じた。
「……ごめんなさい、先生、私いつも家に帰っても一人で。
今日はお邪魔してもいいですか?」
泣き止まず悲痛な様子で懇願する可憐。そこまでしないつもりでいたが、これ以上心に傷を負って不登校にでもなれば問題だと感じた私は”今日だけ”と念を押して家に連れて帰ることにした。
一方の浮気静枝は小柄で見るからに心配になったが、丁寧にお辞儀をして、無感情に何事もなかったかのようにこの場を立ち去って行った。
可憐の方が今時の女生徒だなという印象で、ヒステリックなところは見られるが感性豊かで実に感情的で分かりやすい、自分の気持ちをよく表現できる子だといえる。
あまり人に頼ることをしようとしない浮気静枝の方が危なっかしいと言えるだろう。
私は少し迷ったがタクシーを呼んだ。もう一人の浮気静枝は早々に帰ってしまったのでどうしようもなかったが、立花可憐はまだ疲れた様子で私と凛音が暮らす家まですぐに歩けそうになかった。
タクシーに乗り、家に着くまでの間、可憐の表情は沈んだままで、話しかけるとそのたびに謝罪の言葉を繰り返した。私はまた面倒なことになったと溜息を付きたくなりながら、帰路に着いた。
「凛音、すまないわね、お風呂の準備と着替えをお願いできるかしら?」
夕食の時間はとっくに過ぎていたが凛音は食事の準備をしてくれていたようで、帰宅すると同時、玄関先までやってきて迎えに来てくれた。
私の言葉に凛音は返事をして、すぐさま事情を察した様子でお風呂を沸かしにいそいそと歩いて行った。その愚痴一つ言わない姿に私は申し訳なさを覚えた。
「あの、娘さんですか?」
可憐が俯いていた顔を上げて言った。改めて蛍光灯の明かりの付いた家の中で見ると綺麗な顔立ちをしていた。
「ええそうよ、転勤する時に連れてきたの」
「そうでしたか……クラスメイトなんです。稗田凛音さんですよね?」
私は驚きながら頷いた。確かに言われてみれば娘の凛音と同じ学年だからその可能性はあったが、こう密接な関係にあることを意識させられると、凛音にはゴースト騒ぎとは無縁でいてほしいという願いがあり、心が締め付けられた。
「ごめんなさい、凛音とは仲良くしてあげてほしいけど、この件には巻き込まないでほしいの」
私が念を押す形で言葉を添えると可憐は背筋を伸ばして恐縮した様子で納得してくれた。
可憐には凛音の存在が私にとって大事であることが十分伝わったとみていいだろう。年頃の話し好きな子に見えていたから、私は少しほっとした。
それからお風呂に入った可憐と夕食を摂って、早めに消灯して静かな夜を迎えた。
怖い経験をしたこともあって可憐は大人しく、あまり食事も喉を通らない様子だった。
「先生……ごめんなさい、やっぱり眠れなくって」
扉を開き、恐る恐る寝室にやってきた可憐を、私は仕方なくベッドに腰掛けることを許した。
豆電球だけが灯った部屋で俯いた可憐の表情を伺いながら、隣に座り私はそっと見つめた。
「先生は……」
「今日はゆっくり休みなさい。ここにいれば安心よ」
不安の表情を浮かべる可憐の手に自分の手を重ね、私は柔らかい口調で言った。
彼女とは学園で言葉を交わしたことはなかったが、彼女は私を頼ってくる。それだけ気持ちが切迫しているということなのだろう。
「少しだけ話しを聞いていただけますか?
皆さんのことは助けていただいて感謝しています、これ以上迷惑は掛けません。
でも、あれが普通の人には見えないものだってことは自分でもよく分かってるんです」
可憐にもゴーストが視えている。だが、アリスの祝福を受けている茜たちや私のような例外とは訳が違う。彼女は”精神的に不安定であるが故に視えている”のだろう。
心に不安を抱え続けていることで霊感のある状態から抜け出すことができない、視える状態から逃れられない。
他人とは違う自分を受け入れられる人間はそれほど多くない。
怖い思いを多くこれまでにしてきて限界が近いのだと想像できた。
「いいわ、気持ちが落ち着くまで、好きにしなさい」
私が彼女の気持ちを受け止めると、ゆっくりと話し始めた。




