エピローグ~次世代を受け継ぐ者~(完)3
時は瞬く間に流れ、人々の営みと共に通り過ぎていく。
稗田黒江には紀子と幸恵、二人の妹がいたが、稗田家当主となった。幸恵は一足早く嫁ぎ、紀子は当主の地位に興味がなかった。
そうしたこともある中、黒江は人々の想いを引き受けながら政界への道に進み、県知事になった。
県知事時代に舞原市の封鎖を解き、一般開放と復興計画を採択すると、やがてより密接に舞原市の復興に関わることの出来るよう市長になった。
厄災の影響で長らく無くなっていた市議会を再開させ、復興計画の音頭を取った黒江は多大な功績を遺した功労者となった。
生き残った住民や移住者のおかげで街は賑わいを取り戻し、凛翔学園は学園都市の中枢として再び開校を果たした。
舞原市を救った隠された英雄が赤津羽佐奈であるなら、表の英雄は賑やかな舞原市の街並みを取り戻した稗田黒江なのかもしれない。
舞原市を襲ったような厄災が二度と繰り返されないよう、世界を変えるという茜の願いが果たされたどうかは黒江にも分からなかったが、同じ規模の悲劇が繰り返されることはなかった。
そうして、政治の世界で尽力した黒江は凛翔学園の理事長なども務め、長い間表舞台で活躍するに至った。
―――そして。
稗田黒江の一人娘である凛音は水原隆二郎の子を身籠った。
それは自身の後継者を遺したいという、黒江の願いが果たされるということでもあった。
―――お腹の子が三つ子であるということが分かっても、凛音の意志は固く、身体に負担がかかることを承知で出産する意思が揺れ動くことはなかった。
黒江は凛音の身体を案じた。だが、出産する意思の変わらない凛音の強さに感謝した。プロトタイプアリスから受け取った黒江の持つ魔女の力は血縁のあるものに継承しなければならない。それだけは、魔力を失った凛音に継承できなかった時点で決まっていたことだった。
三つ子を自然妊娠する確率はおよそ十数万分の一。それが魔力を失い、身体の弱っている凛音にやってきたことは運命か神の悪戯か、あまりにも過酷なものであった。
―――互いに裕福な家系に生まれ、甘い出会いではなかったが、凛音は隆二郎を愛し、隆二郎もまた、凛音の事を愛していた。
凛音の記憶喪失は幾度も繰り返された。その精神的苦痛を共に味わった隆二郎は凛音を幸せにしたいと、凛音の願いを叶えたいと心から願っていた。
―――出産予定日、陣痛が始まると稗田家本家は異様な空気に包まれた。
病院でも対応困難である三つ子にもかかわらず自宅出産を選んだ凛音。それは稗田家の意思だったが、病院での健診でも簡単なことではないと告げられた三つ子ので出産であるだけに、入院しての帝王切開を何度も勧められていた。
水原家、稗田家、両家の主要な関係者が集まり、母体の安全も含め成功率の低い凛音の出産を別室で見守った。
黒江は黒いスーツに身を包み手を合わせて祈り続け、夫の隆二郎は凛音の傍で声を掛け支え続けた。
―――無事に三人の子どもが産まれ、最初に産まれた後継者となる女の子を抱きかかえた黒江はその名を知枝と名付けた。
血液と羊水に濡れた身体で元気な産声を上げる赤ん坊。
三つ子のため、体重は軽く小さい身体は心もとないが、大きな産声を上げる胎児に立ち会った人々は震え上がるほどの感動を覚えた。
「わたし……こんな身体のわたしにも子どもが産めたんですね……。
よかった……諦めなくて……」
身体が引き裂かれる耐え難い痛みに堪え続け、無事に出産を終えた凛音は涙を流しながら三人の無事を喜んだ。隆二郎は笑顔を浮かべやがて意識を失っていく凛音の手を握り、そのひたむきな頑張りを称え誉め続けた。
「お前はよく頑張ったよ。負けない心で耐え続けた」
「はい、あなた……あなたが支えてくれたから」
か細い声で傍にいてくれたことへの感謝を伝える凛音。
不可能に思えた出産を終えた凛音は母の顔になった。
凛音の記憶は失われても、凛音の想いは次世代へと引き継がれた。
三人の子どもの内、長女の知枝は黒江によって育てられ、長男の光と次女の舞は水原家に引き取られ育てられることになった。
「―――私の遺志を受け継ぐ子が凛音の子でよかった。これもまたアリスの導きなのかしらね」
黒江の魔女の力は知枝へと引き継がれ、次世代を担う魔法使いとなるための修行が続けられた。
戦争のない平和もゴーストによる危険のない安息も永遠には続かない。いずれ訪れる新たな危機を乗り越えるため、黒江の意思は黒江の孫である知枝へと引き継がれていく。
そして時代は流れ、厄災の記憶は舞原市の復興と共に忘れ去られていった。
稗田黒江は人々の営みを見守りながら、密かに”14少女漂流記”の制作に取り掛かった。
次世代を担う魔法使い、稗田知枝が本当の敵と向き合えるよう、その力を正しく発揮できるよう、真実の記録を残すために。




