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14少女漂流記  作者: shiori


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エピローグ~次世代を受け継ぐ者~(完)1

 (おびただ)しい数の命が失われた厄災の終焉から数か月。未だ舞原市の封鎖が続く中、隔離期間のほとんどを医療機関で過ごした凛音は稗田家本家に帰って来た。


 記憶と一緒に住む場所まで凛翔学園入学前に戻った形だが、日常生活を送ることになった凛音は通信制高校に通うことにした。


 安静にして過ごすこともそうだが、自身の記憶障害のことや厄災の生き残りであることによる周りの目も気にしたためだ。

 

 ほとんどがオンライン授業とeラーニングで完結する高校を選んだ凛音は本家から出ることはほとんどなくなった。


 大きな精神的打撃を受けると記憶障害が再発する可能性があり、凛音は直接的な刺激を避ける生活を必要とした。


 沙耶の目覚めを見届けた黒江は久々に本家に戻り、記憶が戻らないままの凛音と過ごすことにした。

 

 木造建築の稗田家本家だが、凛音の暮らす離れも同様で、照明器具にまでこだわりを加え、廊下を歩くだけでも老舗旅館のような(おもむき)があった。


「お帰りなさい、お母さん」

「ええ、ただいま。変わらず元気そうね」

「うん、ずっと家にいると身体が鈍っちゃうから料理は自分でするようにしてるよ。もうすぐ出来上がるから、こたつで待ってて」


 静養を続け、元気の戻った凛音の声を聞いて温かい気持ちになり、安心感を覚えた黒江は大人しくこたつに腰を下ろした。


(こんなに寒くなるなんて、もうあれから随分経ったわね。

 不思議ね……厄災の終わりが寒かった分、懐かしく感じるなんて)


 凛音との日常会話と一緒に感じる懐かしさ。

 狂い咲きのように雪の降る中咲いていた雪桜と吐く息が白くなるほどの急速な気温変化。

 雪道を愛車で走っていた記憶は確かな感覚として未だに残っていて、少し気を抜けば感傷的に心を震わせてしまう。


 仕事帰りでスーツ姿の黒江はこたつに入り、台所でエプロンを着けて健気に料理を続ける凛音を見つめた。

 白のセーターにピンク色のスカートを履き、黒のストッキングを着用した凛音は確かに見慣れた凛音の姿に違いない。


 厄災時の落ち着きなさが無くなった途端、細かい仕草から幼さを感じてしまう黒江。

 だが、記憶を失ったことは哀しくても、穏やかな凛音の姿を目の前にするとこれでよかったとも思えた。


 やがて、料理を終えた凛音がエプロンを脱いで、こたつに入って来る。


「こたつはいいね。ぬくぬくできて」

「本当ね、寒いのは苦手だわ」


 凛音の眩しい笑顔に心が救われる。

 テーブルに並んだ手作り料理の数々に凛音の上達を感じながら、黒江は凛音と一緒に食事が出来る喜びを噛み締めた。


(凛音のクリームシチューの味、段々と美味しくなっているけど、舞原市で一緒に暮らしていた頃と味が違うわね)


 あの頃の味が恋しくなる黒江。

 黙って黒江が食事をしていると凛音の方から声を掛けた。


「でも、お母さんが政治に興味があるなんてびっくりしちゃった。

 本当に忙しいみたいだね。応援してるよ」


「苦労を掛けるわね。稗田家の人間である以上、私が目立ってしまったらそれはそれで大変だってことは分かっているわ。

 正直に言えば政治の道に歩むのは本意じゃないのだけど」


「でも、舞原市の復興を進めたいんだよね」


「そうね、いつまでも封鎖されて街に戻れない人が大勢いるのは、許し難い残酷なことだわ」


 最後の戦いで焼け野原になった住宅街を目の当たりにしてきた黒江にとっては、このまま時が進むことを受け入れることは難しかった。


 少しでもより良い世界にするために、二度と同じような悲劇を起こさないために、誰かが声を上げて先頭に立って行動を起こさなければならない。


 黒江はまず、復興計画を開始して賑やかな舞原市の街並みを取り戻したいとと考えた。

 それも出来るだけ厄災が風化してしまう前に。

 出来る限り早く、舞原市に暮らしてきた人々が帰ることが出来るように。

 

「そういえば、凛音は好きな人は出来たかしら?」

「今の生活してたらそんな人できないよっ……ほとんどリモート授業で高校に通学することさえほとんどないんだから」

「そう? もったいないわね」


 凛音の分かりやすい反応に黒江はクスクスと笑い声を上げた。

 年頃の凛音であれば異性に興味を持ってもおかしくない。しかし、こうも出会いのない環境に置かれると物足りなさを感じているかもしれないと黒江は思った。


「料理の味はどう? 前より上手くなったと思うんだけど」

「そうね、美味しいわよ。外に出るとなかなか家庭料理を嗜む機会もなくなるから、時々は食べたくなるわね」


 黒江は出された料理の数々に物足りないとは口に出来なかった。

 凛音にとっての”前より”は中学生時代の頃の話しだ。

 確かにその頃を思い返せば、今の方が上達している。

 しかし、凛翔学園へ通いながら家事をしてくれた頃の凛音の味は、今よりもずっと忘れられないほど価値のある味わいであることを黒江は鮮明に記憶していたのだった。


「お父さん、帰って来るかな……」

「今は忙しい時期みたいだから、その内寂しさに耐えきれなくなって顔を出すわよ」


 凛音の言葉に黒江は自然を装って返答した。

 本当の真実を告げるには、まだ気持ちの整理が付いていなかった。

 

 ただ一つ黒江が決めていることがあるとすれば、アリスプロジェクトから抜けて、距離を置くという事だけだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あの厄災から数ヶ月。時が経つのは早いですね。
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