手記の終わりに
最後までご覧いただきありがとうございます。
2029年に発生した舞原市での未曾有の厄災を記録映像として制作した映像アーカイブは以上になります。
私にとってこれほど後の人生に影響を及ぼした出来事は未だかつてありません。
それほどに心の傷でもあり、かけがえのない思い出と一緒に鮮烈な記憶として今も残っています。
政治家としての私、稗田黒江しかご存じなかった方にとっては教師として凛翔学園に赴任した頃が描かれた映像は新鮮な姿ばかりであったかもしれません。
繰り返しになりますが、冒頭でもお伝えした通り、登場人物は理解しやすいよう限られた人数を中心に構成していますが、これらは全て真実の記録です。
さて、厄災の過酷な日々は終わり、多くの命が犠牲となった末、一度は切り離された世界と再び舞原市は繋がりました。
しかし、眠り病の影響によってほとんどの人々が記憶を失い、厄災の記憶は失われました。個人差はありますが、この記憶障害が長年にわたって真実の記録を残すことが出来なかった原因の一旦になっています。
なお、眠り病に感染していなかった私には身体的な影響はなく、魔法使いとしての力を維持したまま記憶を失わずに生き残りました。
生存を果たした魔法使い、赤津羽佐奈さんや三浦友梨さんも同様です。
次にご説明したいのは不可思議にも街を覆っていたファイアウォールの件です。
厄災発生期間中、地震以外に急速な気候変動が発生したことで雪まで降る結果となりましたが、これはどうやら強いファイアウォールの影響により時空が歪んでいた可能性が指摘されています。
具体的には厄災は記録上、14日間続きましたがそれ以上の気候変動が発生しており、舞原市以外ではまだ季節通りに暑い夏の陽気が続いていました。
さらに、昼夜の入れ替わりから計算できる体感期間に至っては14日間も経過しておらず、体感期間は10日に満たないと考えられています。時間が収縮されたようなこの現象からも、時空の歪みが推測できます。
実際に丸14日間異変を体感していれば、限られた物資はさらに不足していたと考えられ、暴動などが起こり人間同士の争いによってより深刻な状況になっていたことでしょう。
これほどの異変を発生させるサンプルが生まれてしまったことは遺憾ですが、このおかげでアリスプロジェクトの重要性がさらに高まったと言えるのかもしれません。
その後、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、生存者は政府管理の下で隔離され、元の生活にはしばらく戻ることは出来ず、家族との面会も許されませんでした。
その間、多くの聞き取りや身体検査が行われ、異変の原因解明のために自由を奪われることになったのです。
私は記憶が残っていることから隔離期間終了後も政府関係者が付き、監視の対象となりました。
それから時が経ち、私が政治家として舞原市の復興を第一に尽力してきたことはご存じかと思います。
この映像アーカイブの制作には、赤津羽佐奈さんや三浦友梨さん、守代先生を筆頭にアリスに蒐集され保管されているアーカイブスを使用しています。
私はアリスプロジェクトのメンバーから脱退したものの、アリスとの交信は続けており、それによりデータベースの閲覧も可能な範囲が多く残されていました。
これらは生体ネットワークと繋がっている魔法使いによってデータの転送、データの保存が行われたもので、そのおかげもあり、こうして詳細な映像アーカイブを制作することが出来ました。
しかし、舞原市で発生した厄災の全てが明らかになったわけではありません。今なお、多くの謎が残され、当事者であった私にも分からないことが残っています。
例えば、片桐茜の両親が殺害された経緯や霧島雨音の母親が不在中、何をしていたのか、父親は一体どこに消えたのか。市長の行動や科学者の男についても不明な点が多く残されています。
ですが、それでも厄災がどれほど恐ろしいものであったか、魔法使いの少女達が特別な力を駆使していかに厄災に立ち向かい、ゴーストと死闘を繰り返してきたか、その大部分は理解して頂けるかと思います。
舞原市に閉じ込められた5万3156人(政府の公開情報による厄災発生当時、居住が確認された行方不明者を含む人数)の内、7割近い人々が行方不明又は死亡が確認され、帰らぬ人となりました。この大事件の真相がこのまま闇の中に葬られ続けるかは、これを視聴してくれた皆様の意思に委ねさせていただきます。
犠牲者の約半数が眠り病の影響や眠っている間に亡くなってしまったこと、これが間違いなくこれほどまでに犠牲者の数が甚大なものになってしまったことの原因でしょう。
この眠り病についても、私の調査で分かったことはほとんどありません。
原因とされるものが前田郁恵に憑りついていたゴーストによる街を覆っていたファイアウォールにあることは確実と考えていますが、それもまた憶測の域を出ません。
最後に、アリスプロジェクトは現在も進行中のプロジェクトです。
私は本プロジェクトから脱退しており、これに関与していません。
国際的に参画している国家機密のプロジェクトであることも含め、皆様にはこれに関与や詮索をしないことをお勧めします。
その理由はわざわざ口にするものでもないでしょう。
しかし、夫が携わった生体ネットワークについて個人情報保護の観点から、現時点の使用範囲の段階では安全なものであることを保障しましょう。
では、このような悲劇が二度と引き起こされないことを祈り、皆様の未来が平和で安全なものであることを願います。
それでは、最後に改めて厄災に立ち向かい命を落とした魔法使いの少女達、舞原市の住民方に哀悼の意を申し上げます。
―――20XX年XX月XX日
―――元舞原市市長稗田黒江




