最終章「Morning glow」4
狂い桜のように咲き乱れる雪桜の咲く公園から背を向け、二人は走り出した。
茜が作ってくれた魔法戦士の衣装の上に紺色のダッフルコートを着た雨音。
ブーツで地面を踏み締め、再び茜と一緒にゴーストと戦える喜びに満ち溢れていた。
「ありがとう、信じるよ。いつだって雨音が傍にいてくれるから私は全力を出して頑張れる」
再び並ぶことが出来るようになった二人はアイコンタクトを交わし、強い繋がりを見せつけた。
「そうだよ、茜ったらいつも私を巻き込んで恥ずかしい格好させてるんだから。こういう時くらいカッコいいところ見せてよね」
足元で眠る人々の事など無視して蹂躙を続ける巨人に向かって、住宅街を走りながら二人は恐怖を払い除けるために軽口を叩きながら励まし合った。
だが、徐々にその巨体が近づいたところで、恐れていた第二射が放たれた。
大きく口が開かれ、視界は一瞬にして眩いばかりの光に包まれる。
爆撃のような轟音と共に建物の瓦礫が吹き飛び辺りに飛び散っていく。
近づけば近づくほど、その迫力は恐ろしいものだった。
「雨音!! 身体を伏せて!!」
「きゃああぁぁ!!!」
慌てて二人はその場でしゃがみ、建物の影に隠れて飛んでくる瓦礫から間一髪逃れた。
「死ぬかと思った、心臓に悪いよ……」
「近くまで来ると、迫力が違うね……でも、接近しないと攻撃できない」
巨人から放たれる高出力の魔術砲撃はそれだけで恐怖を植え付けるには十分な恐ろしさだった。
遠距離攻撃を仕掛けて来る敵に対して、接近しなければファイアブランドによる斬撃を繰り出せない。茜は悔しさのあまり歯を食いしばった。
「茜、やっぱり二手に分かれよう。敵の砲撃は私が食い止める。
敵は私たちの魔力に反応して足を止めて砲撃を再開したように見えた。
私が敵の砲撃を引き付ければ、茜は背後を狙ってファイアブランドで仕掛けられるはずだよ」
息の整え、再び真剣な表情に戻った雨音は思い付いた作戦を茜に向けて説明した。
茜はこれに一度は反論したが、それでも別の名案が浮かんでくることはなく、最後には受け入れて立ち上がった。
「分かったよ、あたしのところまで来てくれた雨音の言葉を信じる。
出来るだけ早く撃破に向かうから、無理はしないでね」
「分かってるわよ。麻里江がこの場にいてくれたら、反論の隙も無い作戦を言ってくれてただろうけど、今は自分たちに出来ることをするしかないね」
霊感が強く、頭脳明晰で常に冷静な麻里江がいつもは司令塔として作戦を立案してくれていた。いなくなってしまってから気付く、頼りになる仲間の大切さ。
生死を分けた戦いの中で作戦失敗は死を意味する。
余裕のない一切の油断が出来ない状況の中で、二人はそれぞれの役割を全うするため二手に分かれた。
茜は巨人の背後を取るためにその場から一旦離れると、雨音は巨人の姿がよく視界に入る広い駐車場に急いで移動した。
距離はもう50mも離れていない、このまま何もできずに固まってしまえば数分と経たずに踏み潰されてしまうだろう。雨音は自らを砲撃の射線上に入れて、市街地も茜も守るため覚悟を決めると、真っすぐに向かってくる巨人と向かい合った。
見上げるとあまりの大きさを痛感し恐怖で足が竦んで気が狂いそうになるが、雨音は怯まずに杖を力強く握り、前面に突き出した。
「さぁ……こっちに向かって来なさい!! どんな敵が相手でも受けて立とうじゃないの!! ライトニングハーケン!!」
得意技である、ライトニングハーケンで迫って来る巨体に攻撃を仕掛ける雨音。光の輪っかを手裏剣のように放った一撃は魔力が解放されたおかげで前回放った以上の威力を発揮することが出来た。
しかし、頑丈なゴーストの身体を引き裂くほどの威力はなく、黒い瘴気にほとんど攻撃は吸収され、全く怯む様子はない。それでも、意識を雨音に向けて引き付けることには成功した様子で、首を動かし大きな咆哮と共に標的が雨音へと向けられた。
雨音は視線が重なった瞬間、死を予感させる恐怖と同時に”来ると反射的に感じた”
(……もう覚悟は出来てる、何としても砲撃を防ぎ切る。そのことだけに意識を集中させるんだ)
視線が重なり標的とされた時点で退路は断たれた。
雨音は足元に杖を落とすと、この時のために持参してきた傘を開いて両手で握ると、そのまま自分の身を守るように前に突き出した。
そして、瞳を閉じると、雨音は魔力の流れを読み取り、全意識を集中させた。
巨人の口がゆっくりと開かれ、砲撃の準備を始め光が収束していく。その動作を雨音は目を閉じたまま感じ取っていた。
(今度こそ……宝石は私の願いに応えてくれる。出来るよ……茜、私だってやってみせる!!)
宝石に願いを込める雨音。マギカドライブを発動できなければ、今度こそ光の中に包まれ命を落としてしまうが、今の雨音に迷いはなかった。
「―――マギカドライブ発動!! みんなを守る為の力を貸して!!」
深い青色のブルーサファイアに願いを込めると、神秘的な輝きを眩しいほどに輝かせる。
「はあああぁぁぁ!!! アカシックバリケードーーーーッ!!」
放流する魔力を傘に集中させると、ネモフィラの花のように青く綺麗な花に姿を変えた。
そして、癒しを与える美しい花は巨人から放たれた強力な光の砲撃を受け止めた。
雨音の身体を焼き尽くさんと定められた標準は正確で、雨音はダッフルコートが焼き焦げながら必死に砲撃を耐えた。
高熱の光が収まり、何とか耐え凌いだ雨音は予想以上の衝撃に倒れそうになるが、何とか踏ん張り、再び顔を上げた。
「はぁ……はぁ……本当に現実とは思えないわね。全身が痛くて堪らないじゃない……」
冷たかった身体は一気に熱湯に入れられたように熱くなり、雨音はボロボロになったダッフルコートを脱ぎ捨てた。
「さて、何発耐えられるかしらね……茜が仕留めてくれるまで、耐える以外に選択肢はないんだけど」
巨人は砲撃を放ってもなおも生きている雨音の姿を捉えると、完全に歩みを止め再びチャージを開始した。
あまりに苛烈を極める持久戦、雨音は激しい痛みを感じ、今度は自分が焼き焦げる危機をひしひしと感じながら、次の照射に備えて再び魔力を開放した。




