最終章「Morning glow」1
終わりの見えない厄災を終わらせるため、決戦へと向かった魔法使い達を見送った茜と凛音は凛翔学園の屋上で帰りを待ち続けていた。
急速な気候変動のおかげで降り続いていた雪は今朝から止んでいるが、寒さは今年一番でコートを羽織っていても風が吹くと身体が冷えて凍えてしまいそうだった。
片目が失明したことで眼帯を付けることになった茜は薄暗い雲に覆われた舞原市の景観を祈るように見つめる。
「先生……約束しましたから。きっと帰って来ると信じています」
黒江と一緒に同行できない事を無念に思っていた茜は肌身離さず身に付けているグリーントルマリンの宝石が光り輝くネックレスを握り、黒江たちの帰りを信じ待ち続けていた。
そんな純真さに満ちた清き心で遠くを見つめ続ける茜の傍に寄り添う凛音は心が締め付けられるような心地で見ていた。
(……茜先輩がいなかったら、私はとっくの昔に気が狂ってしまっていた。でも、先輩はきっと……)
茜は魔法戦士の衣装に身を包み怪我を負っても闘志を燃やし続けていて、凛音は今にも飛び出してしまいそうな不安に駆られていた。
「茜先輩、大丈夫ですから」
耐え切れずそう言葉にして手袋を着けた茜の手を握る凛音。
体内時計でしか過ぎゆく時の流れを感じさせない状況では、帰りをじっと待ち続けるのは苦痛を伴うものだった。
屋上には未だ雪解け水が残り、ベンチに座るのも長時間は耐えられないほどだ。寒そうに白い息を吐く凛音と対照的に茜は寒さを感じる感覚さえ失われているのか、全く動じる様子がなかった。
「きゃぁぁぁぁ!!」
唐突な余震が発生して反射的に凛音が悲鳴を上げた。何度となく続いた地震の影響で感覚が過敏になっており、すぐに恐怖心が蘇ってしまう。
震動で足元がふらつき、座り込む凛音を守るようにギュッと抱き締める茜。
茜も同じ女性であるが、気を張り続けているせいで動揺することはなかった。
「大丈夫……すぐに収まるから」
「はい……すみません、いい加減慣れるものだと思ったんですが、やっぱり怖くなってしまいます」
冷静に落ち着かせようと声を掛けてくれる茜に申し訳そうに謝る凛音。
余震は茜の言葉通りすぐに収まり、凛音はホッと胸を撫で下ろした。
だが、フェンスの向こう、遠い山の方に見慣れない影を目撃すると凛音は立ち上がった。
―――えっ……あれは何ですか?
距離が離れすぎていて片目しかない茜の視力ではぼやけて見えなかったが、視力の良い凛音にはそれが確かに動いているように見えた。
「どうしたの? 凛音」
「あの……山の方で人のようなものが動いてるんです。雲のせいで見えづらいんですが」
「山の方って……相当距離が離れているのに、人の姿なんて見えるはずないよ」
望遠鏡までは持ってきていなかったが、茜は凛音が見つめる方角を同じように見つめた。目を凝らしてみると確かに正体の分からない動くものの影が確認できた。
山の中を歩いているもの……。
その正体が徐々に明らかなものになると茜は驚きのあまり唾を飲み込んだ。
―――信じられないことに巨人が近づいて来ている。
夢や幻でもまやかしでもない。現実にそれは脅威となって自分達の方へ向かってゆっくりと歩みを進めていた。
「”まさか、あれもゴーストなの?”」
「分かりません……でも、恐ろしいくらいに禍々しい気配を感じます」
目的も行動原理も分からない不気味なその巨人は果たして意志があるのか分からないが、ゴーストと同じく暗雲のような黒い瘴気を纏っていた。
しばらく見つめていると、真っすぐに山から下り、ついに市街地へと侵入をして来る巨体。
その足を止めるのは容易なことではないとはっきりと分かる。
あまりに威圧感を感じる図体を持つ巨人の出現は人類が未だかつて経験していないことだ。
敵でなければいいのにと黒江たちが戻らない中、凛音も茜も願ったが、その願いは次の瞬間に脆くもかき消された。
「何?! きゃぁぁぁぁ!!」
雷が地面に落ちる前兆のような光が唐突に点滅すると、三秒も経たずに巨人の口が大きく開かれる姿が視界に映り、閃光が走った。
凄まじい轟音と共に、放たれた光線により街が曲線状に焼かれ崩れていく。
地面を引き裂くように巨人の口から放たれた光の刃は無慈悲にも眠り病が蔓延する街を倒壊させていく。
五秒にも満たない悪夢のような光景。今の一撃でどれだけの人が亡くなったのか想像も出来なかった。
召喚器である地獄の壺による影響で、巨大なゴーストへと変異した前田郁恵が放った高出力の魔術砲。生物でありながら精巧な機械のように強固な力強さを持ち合せたそれは人々を絶望の渦へと引きずり込み、この世を一撃にして地獄に陥れたのだった。
冥界へと導く天使のように光の輪っかを付けた巨人。
機械的な兵器のような無慈悲さも感じられるそれは、生きるものを天へと導く使者のような存在に見えた。
鮮烈に記憶に残る一撃を、黒江たちは凛翔学園へと向かう車内で、雨音は病室のベッドで同じように目の当たりにした。




