第三十章「天使の輪の巨人」1
狂気に染まった上位種のゴースト、ファントムの策謀により、浮気静枝の住居の地下深く隠された研究所に設置されていた爆弾が起爆された。
既に研究所は放棄されていたが、一緒にいた市長を巻き込む想定外の爆風が迫り胸が締め付けられる黒江。
死の瞬間が間近に迫る中、友梨は隣り合う羽佐奈と黒江を守るため、顔を引きつらせながらもファイアウォールを緊急展開させた。
「くっ! 二人はそのまま動かないでください!」
友梨の機転を利かせた咄嗟の判断で爆風を防ぎきり、命辛々生き残ることが出来た。
三人を守護したファイアウォールは舞原市に入るため、トンネル内で友梨が展開させたものと同程度の発現力があった。
しかし、設置されていた爆弾の威力は圧倒的で、容赦なく地下研究所も洋館も破壊させ、周辺の家にまで爆風が届き甚大な被害をもたらしてしまった。
周囲が一瞬の内に荒廃した瓦礫に包まれる中、何とかファイアウォールを維持して、三人は顔を見合わせて無事を確かめ合った。
「……友梨さんの機転には助かりました。何とお礼を言っていいものやら」
「いいえ、ファントムの行動は予測可能なものでした。よって予め二人と距離を詰めていましたので。三人分を守護する結界を維持するのはなかなか集中力がいりましたが」
命拾いした黒江がまだ気持ちが落ち着かぬまま感謝を伝える。
友梨は普通の人間であれば死んでいておかしくない状況だったが、冷静に分析を果たし窮地を乗り切った。
「でも、爆弾を使わせてしまったのは残念な事よ」
羽佐奈の発した言葉通り、変わり果てた目の前の光景を見ると、とても最善であったとは言い難い。
市長の姿も瓦礫の中に埋もれ、とても生存しているとは思えず、救出することは不可能な状況だ。
周辺の家には眠り病に陥って動けない人もいる、救助がすぐに来る保証はなく被害規模は小さくなかった。
「そうですね、楽観することは出来ません。それにまだ……戦いは終わっていないんですから」
黒江はそう言葉にして、現実を受け止めようとした。
優秀な魔法使いであり、大人の女性の羽佐奈と友梨が隣にいてくれるのは心強いが、それに頼ってばかりではいけないと自分に言い聞かせた。
「流石はこの厄災の地に乗り込んできただけある。
こちらの仕掛けにも無傷というわけですか。
では、今度は私がお相手しましょう」
ファントムが煙の中から変わらぬ姿を現す。
透明化の力で全く爆弾の被害を受けていないファントム。
羽佐奈は一歩前に出て、戦闘態勢に入った。
「あら、また切り刻まれたいのかしら。
今度は逃がしませんよ、ファントムさん」
凛翔学園での前回の戦闘で負った傷は残っていないファントム。
それでも一度は圧倒した事には変わらず、羽佐奈は実力者である風格を見せ、自身を覗かせる。
「稗田先生は守代先生のところに急いで向かってちょうだいっ!
ここが外れであった以上、守代先生の方が危険なはず。
こいつは私の手で仕留める。異論はないはずよ?」
一度、挑発しても仕掛けてこないファントムを見て、羽佐奈は黒江に指示した。最初から時間稼ぎをされているという印象がある中、冷静な判断だった。
「羽佐奈さん……分かりました。私が行っても力にはなれないかもしれませんが。行ってきます」
羽佐奈の意図を察した黒江はその言葉を信じて、後を託すことに決めた。その判断が出来たのは、これまで羽佐奈と関わった中で判断に間違いはなかったという裏付けがあったからだ。
「稗田先生、自信を持って。あなたは必要な存在よ、誰にとってもね」
そう言ってウインクをする羽佐奈。いつだって変わらない、羽佐奈の見せる明るさと信念の強さは黒江の尊敬するところであり、見習いたいものだった。
*
仕掛けられた爆弾の威力は想像以上だったが、近くに停めていた車は瓦礫が積もりながらも無事であった。
一人になった黒江はすぐさま愛車である白のセダンに乗り込み、キーを差し込みエンジンを掛けて発進させた。
「守代先生……どうか、無事でいてくださいよ」
後を二人に託しただけに、ハンドルを握る手に自然と力が入る。
街はこれだけの被害が発生しているにもかかわらず、悲鳴やサイレンが鳴り響いてパニック状態になるどころか、眠り病のせいで異様なほどに静寂に包まれていた。
この世の終わりのような情景の中、黒江はその場から走り去り、召喚器破壊を目指して、守代先生達が向かった地下水道へと車を飛ばした。




