第二十九章「終末への激闘」6
蓮がメフィストの魔眼による幻術に掛かり、意図的に作り出された夢を見させられていた頃、アンナマリーと奈月はアリス達と交戦していた。
アンナマリーは発射し続けると絶えず爆音を上げる自動小銃を強く握り、反動に堪えながらアリス達に向けて銃弾を浴びせていった。
次々と地に伏せ、地面に赤い鮮血を滴らせながら動かなくなっていくアリス達。
反対方向からは接近して奈月が双剣での攻撃を繰り出し、確実に一体ずつ息の根を止めていく。
そうしてアリス達の攻撃をほとんど受けることなく、二人は殲滅させることが出来た。
アリス達が倒れている光景は、残酷な仕打ちに他ならないが、罪悪感に浸っている余裕は二人にはなかった。
「何とか仕留められたね」
「物騒な武器を持った玩具だったぜ……」
研究途中の産物だったのか、未完成な戦闘能力だったアリス達をアンナマリーは玩具と表現した。
それだけ、一体一体には個性もなく、全体としての連携もない、未完成な敵で助かった二人だった。
しかし、アリス達の行動を停止させ、安堵していると暗い奥の方から予想外の銃撃に遭い、アンナマリーが握っていた自動小銃は飛んでいき、その役目を終えてしまった。
「妹達に酷い仕打ちをしたのは貴方達ですか……」
毒のある言葉遣いをして暗闇から姿を現したのは、たった今、殲滅したばかりのアリス達と同じ外見をした新たなアリスだった。
だが、明らかに先ほどまで戦っていたアリス達とは違う殺気立った気配。
流暢な言葉遣いと間合いを見極めたゆっくりとした歩み。
そのどれもが、油断できない確かな知性を持った相手であると二人は瞬時に理解した。
「そう……やっぱりまだいやがったか。
こんな紛い物まで準備して、随分根性がひん曲がってるじゃねえの」
男勝りに敵意を剥き出しにしてアンナマリーはオッドアイの瞳を睨み付ける。
だが、それにも動じる様子なく、拳銃を手にしたアリスは不敵な笑みを浮かべた。
「マリーちゃん……この子はやっぱり……」
「あぁ、一番生かしちゃおけねぇ奴が、相手の方からのこのことやって来てくれたぜ」
相手の正体が分かり、焦りの色を募らせる奈月に対して、アンナマリーは今にも飛び出しそうな勢いで黄金銃を取り出した。
「そうですか……運命とは残酷なものですね。
いいでしょう、貴方達がこの奥を目指している時点でこうなることは必然でした。
お相手しましょう、実験動物さん」
憤りを覚えるほどのアリスの言動。その目はアンナマリーを捉えギラギラとした敵意で見つめていた。
次の瞬間、アンナマリーは倒さなければならない敵と定め、迷いを一切捨てた。
「奈月っ!! 先生のところに行ってやりな。
愛してるんだろっ? 愛してやったんだろ?
だったら、傍にいなくちゃだめじゃないか」
アンナマリーは少し距離は離れてしまったが、奈月がメフィストと交戦する蓮を心配していることを察していた。
「マ……マリーちゃん……」
アンナマリーも、蓮の事も心配な奈月は複雑な心境の中で何とか頷いた。
「それでいいんだ。先生を頼んだよ、奈月。
うちはしつこい子どもの相手をするからさ」
「うん……ありがとう。
今までもこれからもずっと大好きだよ。
だから、マリーちゃん……負けないでね」
奈月に向かって安心させようと優しく微笑んで言い放ったアンナマリーに奈月はたまらず想いを伝えた。
「あたりめぇだろ。うちは最高に高ぶってるぜ。一番殺してぇやつ会えたんだからな。気にするんじゃねぇ、先生を頼むぜ」
アンナマリーの力強い言葉に迷いを振り払った奈月。
そして、それぞれの戦いに向かって動き出し、奈月は後ろを振り返ることなく、真っすぐ愛する蓮の下へと走った。
互いに拳銃を手に残され、互いに美しく煌めくゴールデンヘアーをしているアンナマリーと偽りのアリス。
運命の果てに対峙した両者に緊張が走る中、長い金髪を背中まで伸ばしたアリスがそっと口を開いた。
「よかったですね、最後にお別れの挨拶が出来て」
「そうか……お前が余計なことをして、魔法使いとやらに覚醒させて回ってたのか。迷惑な話だよ……普通に幸せに生きてる奴がこんな不幸な役目を負うなんてさ……。
こんな汚れ仕事は……うちのようなどうしようもない人間のすることなんだよっ!!」
「超能力研究機関で調整された超能力者。確かに貴方は不幸な存在です。
ですが、それも醜い競争と争いを止められない人間の愚かさ故に生まれた哀れなモルモットです。
それなのに人を恨んで復讐する意思すら持てない貴方も不幸な存在です、ここで楽にしてあげましょう」
「あぁ!! 口が減らねぇ奴だな!!
お前だけは生かしちゃ置けねぇんだよっ!!!」
会話を終えると同時に動き出す両者。
急に流れが変わり、時が加速するような錯覚を覚えるほどに、激しい銃撃戦が始まった。
アリスは今回は本気という意思表示なのか、ベレッタM92FSを両手に一丁ずつ握る二丁拳銃スタイルでスタイリッシュな黄金銃を愛用するアンナマリーと対峙した。
両者の激しい撃ち合いは互いに俊足を武器に的を絞らせない動きを見せ、回避し続けたままフロアを移動していく。
遮蔽物を駆使しながらの戦闘も行うが決定打を両者とも与えられないまま、徐々に息を切らしていった。
「相手を先に弾切れに追い込めればと思ったが……こっちの方が残弾少ないか……」
興奮状態が続いたのが仇となったのか、相手の挑発に乗り無駄弾を使ったせいで残弾に余裕がないのはアンナマリーの方だった。
考えに考え抜いたが、一対一の決闘を終わらせるためには、接近戦を仕掛けて得意の槍で何とかするしかないと判断したアンナマリーは決死の攻撃を決断した。
「……そこまで強化されてなお、ここまで感情を制御できるとは、本当に惜しい人ですね、貴方は。
ですが、アリスの勝ちですね。もう魔力行使のし過ぎで身体も現界でしょう。
十二分にこの遊戯を満喫することは出来ました。
これで、終わりにしましょう……」
物悲しさすら感じさせる言動で、耐えず流れ続ける出血も気にしないアリス。
偽りのアリスとして、記憶の継承を繰り返す中で、徐々に人間らしい感性を理解し始めたアリスは戦いを楽しみ、その戦いが終わってしまう虚しさすらも感情として認識できるようになっていた。
「望むところだが、けどなぁ……てめぇだけは生かしちゃおけねぇんだよっ!!」
心臓の鼓動を確かめ、最後まで戦い抜くと決めると、遮蔽物から飛び出し、アリスの隠れる方角へと駆け出していくアンナマリー。
鬼の形相で迫るアンナマリーにアリスは満足げな笑みを浮かべ、同じように顔を出すと、両手に持った拳銃を乱射させた。
銃弾の鳴り響くけたたましい音が放棄された駅内に響き渡る。
高くジャンプしたアンナマリーの姿を捉えると、アリスは距離を取ろうと線路まで降り、さらに着地のタイミングを狙って銃弾を放つ。
次々と銃弾がアンナマリーの身体を掠め、衣服を貫き皮膚から流血が飛び散っていく。
痛みのあまり、意識が飛びそうになるが、アンナマリーは必死の思いで歯を食いしばって耐えると、銃弾が飛んでくるのも無視して線路を降りたアリスに一閃を浴びせようと長い槍を発現させた。
「ああああああぁぁぁ!!! 死ねぇぇぇぇ!!!」
腹部や腕にも銃弾を浴びるが、激痛に屈することなく、声の限り叫びながらアリスの肉体に迫ったアンナマリーはその胸を捉え真っすぐに貫いた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
身体中に銃弾を浴び息を荒くする。アリスが目を見開いたまま倒れると同時、アンナマリーも槍から手を放し、仰向けになって冷たい地面に倒れ込んだ。
途端に脱力感が溢れ出し、身体から力が抜けていく。
激痛に耐えながら、滲み出て来る達成感で何とか意識を保つ。
「ふふふふっ……やっと、じいさんに恩返しが出来た。
喜んでくれるよな、じいさん……。
見ててくれたか……うちは誰にも負けない、超能力者になれただろ?」
痛みのあまり動けなくなったまま、天井を仰ぎ、声を震わせる。
自分を救ってくれた家族への感謝を込め、ようやく仇を討つことに成功したアンナマリーは万感の思いに浸った。




