第二十九章「終末への激闘」5
「なぜ拒絶する? お前が望んでいる世界を見せてやったというのに。
分かっているはず、お前が真に望むものはアリスプロジェクトのような偽りの世界平和ではなく、あるはずだった自分の幸せを取り戻すことだと。
我々に付けばそれは間違いなく叶うだろう。
なぜこいつらと行動を共にする?
なぜそんなにも信用できるというのだ」
意識を取り戻し、何とか身体を起こそうと腕に力を込める中、幻術を俺に掛けたメフィストは奈月と対峙していた。
「先生は……あなたのような自分勝手な人間ではないんですよ!!」
奈月が必死に窓を叩き、幻覚から呼び覚ましてくれた俺は何とか立ち上がろうと身体に力を込める。
誘い言葉でまだ俺を惑わそうとするメフィストに奈月が襲い掛かっていく。
「あたしの先生に……手を出すなっ!!!!」
経緯は分からない、だが、傷ついた様子もなく俺の目の前で奈月が双剣を手に果敢に立ち向かっていた。
メフィストが左手をかざし得意のバリアを展開させ助走をして繰り出した奈月の双剣を弾く。
だが、それで屈することなく、奈月は闘志を絶やすことなく剣の舞を繰り出して攻撃を仕掛け続ける。
抵抗を続ける奈月にメフィストは右手に握ったコンバットマグナムを撃ち放つが、奈月は動きを加速させ的を絞らせないように銃弾を躱していく。
今にも命が消えてしまうような恐怖を覚える恐ろしい銃声。
何度も放たれる銃声に俺は身の毛がよだつ恐怖を感じながら身体を起こし、魔銃に弾を装填する。
もう、これ以上戦いを長引かせるわけにはいかない。
俺は奈月を信頼して、僅かな隙を狙おうとメフィストに迫った。
「くうぅぅ……この速度はなんだ?! 魔法使いの分際でぇ!!」
破壊力のあるマグナム弾が外れ続けると焦りの色を見せるメフィスト。奈月は必死の形相で身体の負担を無視した限界を超えた動きをしていた。
全身の筋肉が悲鳴を上げる程の暴力的動作、奈月は戦いの中で成長をし続ける、それは強い願いを胸に奔り続けるからこそ、得られた想いの力だった。
「食らいやがれっ!!!」
俺も奈月にも迷いはない。誰よりもお互いを理解しあっているからこそ、俺は自分が何をすべきか迷い必要がなかった。
距離を取ることなく、接近戦を続ける奈月を援護しようと俺は魔銃を連発して撃ち放った。
「無駄だと言っているっ!! そんな鉛玉などっ!!」
距離を詰めれば当然相手の視界にも入る。俺の銃弾は簡単にメフィストによって防がれた。
だが、その防御のために割いた一瞬の隙をついて、今度は奈月が決死の攻撃を構えていた。
「先生が愛してくれるから……奈月は悪魔だって切り裂いて見せますっ!!」
少し目を離した隙に姿を消した奈月。
声のした方向を探し目をきょろきょろさせるが、メフィストはなかなか奈月の姿を捉えることが出来ない。
そして、一瞬視界を横切った奈月に手を伸ばして衝撃波を放ったメフィストは奈月の姿が分身するように視界を惑わしていることに気付いた。
「俺を惑わすとは、なんだというのだ!!」
メフィストが理解を超えた動きで肉薄する奈月に恐怖し叫んだ。
何度もゴーストを切り刻み、人々を救ってきた奈月の双剣が輝きを放ち、メフィストに迫る。
「女性は時に男を惑わすものです。さようなら、悪魔さん。
イケメンなところは好きですけど、あなたは素敵な先生には敵いませんよ」
今度は奈月の方が幻覚をメフィストに見せ、動揺させた次の瞬間、頭上から舞い降りた奈月は白く光り輝く双剣でメフィストの首を取った。
血飛沫を上げ、頭がゴロリと足元を転がり、ゆっくりと白い煙となって上位種のゴースト、メフィストの姿が虚空へと消えていく。
何度も戦ってきたメフィストフェレスとの決戦はさらなる成長を遂げた奈月の一閃によって終結した。
結局、メフィストフェレスはリリスの時のように変わり果てた怪物の姿にはならなかった。
自身の理性を維持することを大事に考え、人の姿にこだわった故の最後なのだろう。
終わってしまえば虚しいあっけなさを感じる点もあるが、手加減のしようがない強敵であったことには変わりなかった。
「これで舞原市を覆っていたファイアウォールが消えてくれればいいんですけど……」
両手に握った剣を下ろし、魔力放出を減少させる奈月。
破れたストッキングは気にしても仕方ないが、外傷はそれほどないようだ。
感情が高ぶり興奮状態にあるのか、息は荒くなかった。
だが、気丈に振舞いながらもどこか無理をしているのか、魔力は戦う前より消耗して弱々しくなっているのが分かった。
「その期待は薄そうだな……。こいつは俺を懐柔する目的もあっただろうが、前線にも出ていた。まだこの先に召喚器が存在すると考えられる以上、そこにも敵が残っているはずだ。まだ戦いは終わってはいない」
「はい……先生、それよりもマリーちゃんの救援に向かいましょう」
戦闘態勢を解いていない理由はそこにあったのか、奈月は俺の瞳を真っすぐに見て言った。
「あいつは今どこにいる?」
催眠状態に入っている間に何が起こったのかは奈月から聞くしかない。
そこにアンナマリーがどうなったのか、その答えがあるはずだ。
俺は心配になり、魔銃を握る右手に力が入った。
「偽りのアリスと戦っています。あれは危険な相手です。魔法使いを生み出した忌むべき相手ですから」
油断出来る相手ではないと、そう奈月ははっきりと告げた。
俺は耳を澄ませるが、戦闘音のようなものは聞こえてはこない。
勝敗は既に決したのか、それは分からないが、胸騒ぎのようなものを覚えた。
「分かった。あいつを探しに行こう」
そう言葉にしながら思い出したことがあった。
稗田先生から聞いた話によると、内藤医院院長、内藤房穂を死に追いやったのは身体を変えながら進化を続けていた偽りのアリスであったと。
アンナマリーを超能力研究機関から救い出した恩師である院長を殺した因縁の相手……。その相手とアンナマリーは戦っている。
今になって、点と点が繋がってしまったような、そんな感触を覚えた。




