第二十九章「終末への激闘」2
滅多に人が立ち入らない、舞原市外へと続く林道にある天井の低い地下水道を歩き、濡れた足場を転ばないように慎重に奥へと進んでいく。
気味の悪い地下水道は余計に肌寒さを感じ、嫌気が差すが俺は懐中電灯を付けて先頭を歩き、年頃の少女二人を先導していく。
三浦友梨の話しが正しければ、この先には儀式を行う工房にするには最適となる霊脈が存在する。
彼らの所有する悪魔を呼び出す召喚器がいかなるものかは分からないが、今度こそは奥まで進み、見つけ次第破壊しなければならない。
この先に待ち受けているであろう、メフィストフェレスも厄介だが、これ以上さらなる悪魔を召喚されれば太刀打ちできる戦力はこちらにはない。
反転攻勢、こちらから仕掛ける今回の作戦が大きな転換点になるだろう。
滑りやすい道を壁伝いに歩いていくと、狭い地下水道から開けた場所に出た。そこはどうやら建設途中で放棄された地下鉄駅のようだった。
既に地図上での現在位置は分からなくなってしまったが、心当たりのない場所に警戒心を強めて階段を上っていく。
そして、広いフロアに出て程無くして俺たちは待ち構えていた者たちと遭遇した。
「こんな所に居やがったか……随分手間を掛けさせやがって」
歩き疲れたとはいえ、目の前の状況が見えていないわけではないだろうが、アンナマリーは恐れる様子なく第一声を上げた。
「君たちが侵入してきているのは手に取るように分かっていたよ。
歓迎の宴の準備をさせてもらった。さて、死んでもらおうか」
こちらを下に見るような口ぶりで姿を現したメフィストフェレス。顔に傷のある白い肌に白いスーツ姿をした長身の若い男。ピアスを付け長い黒髪をしている姿はビジュアル系のバンドマンを連想させる。
そんな俺にとって忘れもしない宿敵である相手は自動小銃を手にした十体のアリス達を横に並ばせ従わせていた。
「確かに用意周到なことだな。この先に悪魔召喚に使っていた工房があるのなら、無駄足にならずに済んでよかったよ。
それで、ここまでやって、お前たちは何をする気だ……?」
自動小銃を持ったオッドアイをしたアリス達の視線を浴びるだけで、怯えて声が出なくなるのが普通の神経だろうが、この程度の想定外で怯むわけにはいかなかった。
俺がメフィストを睨みつけて問い掛けると、メフィストは狂ったように上機嫌になって饒舌に話し始めた。
「何をいまさら、言ったはずだぞ、グレートリセットだとな。
俺も一度は興味を持ったのだよ、お前たちの人間の作り出したアリスプロジェクトや生体ネットワークにな。
確かにシステムは合理的かつ実用性を持っている。
しかし、貴様らの目指す理想はあまりに愚かと言わざるおえないものだった。
道具は使い方を見誤ってはならない。
残念だが、貴様らの考える理想など単なる空想に過ぎないのだよ」
アリスプロジェクトに生体ネットワーク。
明らかに機密情報を不当に取得していることが分かる口ぶりだ。
だが、メフィストが真に悪魔であるなら否定するのも当然だろう。
人間は人間の価値観を最も大事にしている。
そもそも自然に優しく共存しようと口にするにも関わらず、平和かつ安全にさらなる便利な暮らしを求める時点で矛盾しているのだ。
アリスが改善策としてどのような思考を働かせるかは分からないが、現時点のシステムを起動したとしても理想には程遠いだろう。
しかし……今彼らが行っていることを考えれば、この悪魔に耳を傾けてはならないのも確かだ。
「先生……無駄だよ、こいつらに耳を傾けるような頭はねぇよ。
街全部を巻き込んで嬲り殺しにして大量殺戮を始めた連中だ。
聞く耳なんて持つはずがねぇ。
さっさと先に進んで、その召喚器とやらを破壊してやろうじゃねぇか」
アンナマリーが耐え切れないとばかりに声を上げる。
今すぐにでも飛び出そうとする無鉄砲さは、相変わらずであった。
「ほぉ……突破できるのかな? ここに来た時は俺一人に苦戦していた君たちが。
これ以上先に進もうというなら、ここで新兵器の餌食になってもらおう!」
メフィストの挑発に顔を歪ませるアンナマリー。
宣戦布告は済まされた。一斉に自動小銃の銃口をこちらに向けて来るアリス達。
空虚なまでに機械的なその冷たい動作が余計に恐怖心を高ぶらせる。
今にも一斉に発射音が聞えてきそうなほどの危険な空気感。
俺は……俺たちはいよいよ覚悟を決めなければならない状況になった。
「あいつの相手は俺が引き受ける。決着を付けなければならないからな」
自分一人観戦している場合ではないほどに敵は数で圧倒してきている。
俺は何としてもメフィストと決着をつける覚悟だった。
「だったら奈月、二人でこいつらを殲滅するぞ。
どっちかが力尽きても、前に進み続けるんだ。
悔いのないようにな」
アンナマリーは奈月と共に立ち塞がるアリス達を標的に定め息を合わせる。
「うん、分かったよ。マリーちゃん。
あたし達はこんなところで立ち止まってるわけにはいかないからっ!」
そして、何度も死線を潜り抜けてきた二人はここで怯むことなく、この窮地にも立ち向かおうと構えを取った。
別チームは住宅街の洋館に向かったが明らかにこちらが本命、奥には目指すべき標的が待っていることだろう。だからこそ負けるわけにはいかない。引き返すことは出来ない。
ここまで来てしまった以上、何としてもこの状況を切り抜けなければならなくなった。
「ははははっ!! いいだろう!!
さぁ!! 恐れを知らず掛かってくるというなら、向かって来るがいい!!
そして、美しい鮮血を見せてくれ!! 苦しみの美声を轟かせてくれ!!
無謀にも立ち向かってくる、愚かな魔法使い達よ!!」
盛大なパーティーの開会を告げる司会者のように声を上げるメフィストフェレス。
その狂気なまでに陽気な声と共に、避けることの出来ない戦いが、今始まった。




