第二十八章「ホワイトサンクチュアリー」4
「―――見えたわね、禍々しい牙城が」
住宅街に際立って目立つ西洋風の洋館の姿が車内から映ると羽佐奈さん真剣な表情を浮かべ声を上げた。
雪道に時間を取られたが、いよいよ目的地の姿が視界に入った。
広い敷地を誇る洋館は濃い霧で覆われ、敷地内には見張りをするように鋭い口ばしを持った無数の黒いカラスがギラリとした瞳で周囲に目を光らせ殺気を放っているように見えた。
玄関近くの側道に車を停めると、三人揃って決意を固めて車から降りた。
「本当に様変わりしたものね」
霧に包まれた洋館、それはドラキュラの館のような様相だった。最初に訪れた時とは明らかに様子の異なる洋館の姿に私は身体の震えを抑えるのがやっとだった。
この先何が待ち受けているのか、全く想像が出来ない。それほどに危険な雰囲気で充満していた。
「いい覚悟じゃない、ここまで雰囲気たっぷりのステージを用意してくれるなんて」
「いずれ中を調べる必要がある濃い魔力の反応です。油断せずに参りましょう」
気合十分といった調子の明るい羽佐奈さんとさらに人を寄せ付けない調子で異彩を放つ三浦さん。黒いジャケットに黒い手袋、黒のストレッチパンツを履いた姿は何とも本当の実力がまだ見えない彼女の雰囲気に合致して見えた。
私には戦力として数えられるほどの戦闘能力がない以上、戦闘に突入すればこの二人に頼るしかない。状況判断だけは間違いないようにしようと肝に銘じた。
不気味な雰囲気に負けないように息を整え、ここに来たことのある私が先頭になって鉄格子の入口をくぐり敷地内へと入っていく。
カラスの鳴く声や木々が風で擦れる音が響く中、玄関扉まで慎重に歩いていくが今すぐ引き返したくなるくらいの嫌な感覚に囚われた。
「私一人ではここまで来る覚悟を持つことは出来ませんでした。
勇気ある二人には感謝します」
玄関扉の前まで来ると、私は振り返り、この先何があっても後悔しないために二人に感謝を伝えた。
「何を言っているの。一番逃げずに戦っているのはあなた自身よ、稗田さん」
羽佐奈さんが優しく微笑みかけてそう言ってくれた。
私はまたその人を惹きつける強さを見習いたくなった。
何が待ち受けているのかは分からない、それでも私達は前に進もうと固く閉ざされた扉を開いた。
玄関扉が開き、エントランスホールの姿が視界に開かれる。
驚いたことに、ホールの照明は全て点灯されていて、昼間にもかかわらず外が薄暗かったせいで、眩しいくらいに照明の光を感じることになった。
「そう……歓迎の準備をして待っていてくれていたってところかしら」
羽佐奈さんが予期せぬ状況に高揚しているような笑みを浮かべて声を上げる。
広いエントランスホールは赤い絨毯が敷かれ、綺麗な状態に保たれている。麻里江がここで死闘を繰り広げていたかは分からないが、何者かによって手入れが施されていることは間違いなかった。
私達は警戒を強めながら慎重に中に入っていこうと歩み始めると、突然何処からともなく声が響いてきた。
「わが城へようこそ!
少女達の力を借りずに来られるとは、恐れ入りました。
実に無謀と呼ぶにふさわしい……自ら望んで贄となることを歓迎しよう!」
ここにやって来たこちらを嘲笑うかのような陽気な声がエントランスホールに響き渡る。
それは間違いなく上位種のゴーストの一体、ファントムの声だった。
「随分、舐められたものね。歓迎して迎えてくれるなら、喜んで応じましょう」
挑発してくる相手に羽佐奈さんは余裕のある表情を見せて言った。
学園での戦いでファントムとは一度対峙して圧倒してる、羽佐奈さんがこうも余裕を見せる理由はよく分かる。
だが、相手もそれは分かっているはずだ。
私は敵の出方次第で適切な状況判断が求められると考えた。
だが、ファントムの姿が見えない中、私達の前に出現したのは、想像だにしていない相手だった。
「ゴースト……かしら」
ゆらゆらと黒い影が奥の廊下から姿を現す。
羽佐奈さんが戸惑いながらゴーストだと認識して構える。
先にそれが何者か分かってしまった私はグッと歯を食いしばり、怒りの感情が湧き上がるのを堪えた。
「あれは、この洋館で浮気静枝と平和に暮らしていた、罪のない幽霊です。
ですが、もう敵に利用されて忌まわしいことにゴーストになっています」
こちらの存在に気付くと怨念から響き渡る呻き声が木霊する。
静枝と共生していた頃の親しみやすかった面影はどこにもない。
既に自我はなく、残り香となった幽霊たちは、ゴーストに成り果て、人を襲う化け物へと変異していた。
「そう……仕方ないわね、来るわよ……稗田さんは下がっていて」
羽佐奈さんが一歩前に出て、内から湧き出る魔力を放出して光の剣を発現させる。戦う覚悟を決めたようだ。
友梨さんは私の隣に立ち、突破してこちらに迫る敵に対応してくれるようだった。
「任せていいのよね……」
「はい、今は耐えてください」
状況が状況だけに、声が沈んでしまう私。
そんな私の心境を察してか、三浦さんが手袋を着けた手で背中にそっと優しく触れてくれる。
「出来るだけ苦しまず済むように、早く済ませるわっ!!」
力強くそう言うと、羽佐奈さんは使い魔を自身の周囲に召喚させ、一気に駆け出した。
闘志を燃やし剣を振るい先制攻撃を仕掛ける羽佐奈さん。
魔力を帯びた光の剣で切り裂かれるとゴーストと成り果てた幽霊は四散していく。
危機を感じてゴーストは黒い影から触手を伸ばし、次々に羽佐奈さんに向かって襲い掛かって来る。
しかし、それで攻撃の手が止まる羽佐奈さんではなく、使い魔が刃となって華麗な動きで触手を切り刻み、あっさりと地面に落ち煙となって消し去っていく。
「瘴気が濃いせいで、まだ身体が重いわね」
圧倒的な力でゴーストを消滅させる間、私は一歩も動くことはなかった。
まだ本調子ではないという羽佐奈さん。
その実力は底が知れず、アリスプロジェクトのメンバーが期待を寄せるのが十分に分かる強さだった。
「可哀想だけど、もうここにはいられなくなってしまったわね」
洋館に住み着いていた全てのゴーストを祓い、静寂に戻ったエントランスホールで羽佐奈さんは呟いた。
幽霊となってここで平和に暮らしていた魂達は天に昇った。
冥界で無事にまた同じような賑やかで楽しい日々を送って行けるかは分からないが、彼らはこれで人を襲わないで済むことだろう。




