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14少女漂流記  作者: shiori


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第二十八章「ホワイトサンクチュアリー」3

 雪道へと変わり滑りやすくなった舞原市の街並みを走行する。

 荒廃したかのように人通りが減ってしまった街。

 信号の動かない、電気の通らない取り残された場所。

 失ったものは簡単には戻っては来ない。しかし、何としても活気のある街並みを取り戻したいと思った。


 屋根に降り積もった雪は時々落下してドサっと音を立てる。

 滑りやすい道路は予想以上に運転しづらくハンドルを強く握り事故のないよう集中して向き合わなければならない。

 急ぎたくなる焦燥を抑え、私は慎重に走ることを優先した。


「そういえば、稗田さん。昨日話したことの答えは出たかしら?」


 羽佐奈さんが足を組み、思考を巡らす探偵のような振る舞いで私に聞いた。

 本物の探偵がしているのだから、この立ち振る舞いは毅然(きぜん)としていて正しいのかもしれないが。

 私は昨日の夜にした会話を思い出し、気晴らしになるわけではないが話しに付き合うことにした。


「あぁ……玉姫さんを殺害した犯人ですか。憶測ですが目星は付きました」


 内藤玉姫さんが実家の内藤邸で刺殺された事件。

 その真相に羽佐奈さんは興味を抱いて私に詳しい現場の状況まで説明してくれていた。

 

「へぇ……聞かせてもらってもいいかしら?」

「分かりました。目的地に着くまでにはもう少しかかりますから、お話ししましょう。期待に応えられるかは分かりませんが」


 お世話になった玉姫さんが犠牲者となっただけに、気持ちの整理はすぐに付かなかったが、話を聞く中で大体の見当は付いていた。

 気乗りするほどではないが、警察が捜査を代行してくれるわけでもない状況で推理を行い事件の真相を導き出すのは、一定の必要性があると私は考えた。


内藤玉姫(ないとうたまひ)さんは同僚の男性看護師と共に内藤房穂ないとうふさほさんの私室にて遺体で発見されました。


 玉姫さんは研修医ですが、二人は同じ内藤医院で勤務している関係で面識があり、現場は争った形跡などはなかった。


 そこから導き出すと、玉姫さんは警戒心を持つことなく不意を突かれたのでしょう。

 背中を刺されていましたから、玉姫さんが自分で刺すのは現実的ではないです。ですので犯人はその同僚の看護師ということになります」


 探偵の羽佐奈さんほど慣れていないが、私は車を運転しながら二人に推理を披露する。

 羽佐奈さんは私の推理を聞いて一層興味深げに頷き、疑問点を口にした。


「第三者という線はないのかしら?」


「その可能性は低いでしょう。部屋はカーテンが閉まっていて、真っ暗で人が住んでいるか分からないような状況ですから、玉姫さんが家にいるという情報を知っていなければ訪れる可能性は低いです。

 それに、二人が同室している状況で第三者が侵入したのなら、片方が刺された時点で争った形跡が残るくらいの抵抗をすることになるでしょう」


 複雑な盲点まで考慮して考えていたわけではないが、簡単に私は疑問点に答えた。


「そうね、物的証拠があるわけではないけど、状況証拠から考えると一定の説得力は持てるかしら。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 玉姫さんの死は悲しいものだが、それで羽佐奈さんが早く忘れてしまおうと口を噤むような人ではない。探偵事務所の所長を若くして務める本物の探偵なのだ。


 事件現場の状況から真相を解き明かそうと思考を働かせるのはありふれた習性なのだろう。


 私は今一度現場の状況を頭の中で想像しながら、羽佐奈さんの期待に応えようと次なる推理を披露した。


「そうですね。玉姫さんが亡くなることは今後多くの人命に影響します。

 同僚の看護師であるならより動機が見えないでしょう。

 ですので、上位種のゴーストが看護師に憑依して犯行に及んだのでしょう。

 それが出来るのは……ファントム。気配遮断スキルに優れ、透明化の力を持つ彼でしょう。

 魂まで奪わなかったのは、すぐに犯人として疑われたくないからですかね。羽佐奈さん達が第一発見者になってしまったことで、ファントムとしては想定外に厄介だったかもしれないですが。 

 ただ魔法使いの玉姫さんを殺害できればよかった。こちらの戦力を削るのが目的だったのでしょう」


 完全犯罪を可能にするファントムの持つ透明化の特性は人間にとって脅威だ。私達が優先して対処しなければならない相手に違いない。


「卑怯な手口ね……憑依した看護師の身体で自殺を図り、自分は身体から抜け出して逃げたのでしょうね」


 玉姫さんを殺害するために死亡した男性看護師はファントムによって都合よく使われてしまった。

 院長を亡くし心身共に疲弊していたから警戒心が薄れてしまっていたのかもしれない。

 この推理が正しければ、不幸と言わざるおえないだろう。



「ついでにお聞きしますが、この街全体を覆うファイアウォールを仕掛けたのは、どの悪魔なのでしょう?

 これだけ規模の大きい魔術行使が出来るのは相当な能力者ということになりますが、これまで出現した上位種のゴーストの中にいるのですか?」



 話しを変えて羽佐奈さんが私に聞いて来る。

 まだ羽佐奈さんはこの舞原市にやって来て日が浅い。

 出来る限り情報交換をしてきたとはいえ、私に聞いてくるのは自然なことだった。


「そうね……それは何度か考えたことだけど、難しいわ。

 これまで知りえた情報から推測するとこの異変の目的を語っていたメフィストの可能性はある……。

 ファイアウォールを掛けたゴーストを確定できればそいつをまず優先して撃破することで外との交流が出来るようになるけど、敵だってそれは分かっているはず。

 一番表に出てこなかったゴーストが標的という事は十分考えられることよ」


 これまで一番表に出てこなかったゴーストはディラックということになるが、まだ遭遇していないゴーストが存在する可能性も考慮するとより標的を決めるのは複雑になる。

 

 現状、目の前の脅威を一つずつ排除して潰していくしかない。

 私はそう考えていた。


「なかなか骨が折れる戦いになりそうね……勝率はどれくらいかしらね」


 戦闘が始まれば先頭に立って戦う役目を担う羽佐奈さんは私に聞いた。

 

「羽佐奈さんと三浦さんが来てくれたから、五分五分じゃないかしら」


 冷静に私は答えた。それを聞いた羽佐奈さんは武者震いをするように小さく笑いを浮かべた。


「ふふふっ……それは随分期待されちゃってるのね、頑張らなきゃ」


「すみません、羽佐奈は緊張するとよくしゃべる人なんですよ」


 ずっと二人で談笑を続けていると、羽佐奈さんの隣に座る三浦さんが運転席に座る私の方を見て口を開いた。

 二人の仲は良く知っている、三浦さんらしい言葉だった。


「そういうの、分かります。夫もムードを台無しにするくらい、よくしゃべる時がありましたから」


 私は遠く感じてしまっている夫の事を思い出して言った。

 気分転換にはなったかもしれない、車内での会話。

 雪が止み、段々と正午に近づき明るくなっていく空の下、私達は自らの意思で死地へと辿り着こうとしていた。

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