第二十七章後編「決戦前夜~この愛に意味があるとするならば~」6
会議の後も長話を続け、学園長室をようやく出ることが出来た羽佐奈と友梨は玉姫に会議の結果を伝え、明日一緒の同行するか否かを確認するため、玉姫の居場所を探すことになった。
通信障害の影響で連絡手段が限られる中では、地道に捜索するしかない。
テレパシー能力も距離が離れると役に立たないため、羽佐奈と友梨は一旦、玉姫の勤務先である内藤医院まで向かった。
「まだ回診に回っているかもしれないけど、夜になったら帰って来るわよね」
すれ違う人もいない、静かな住宅街を歩きながら、羽佐奈は隣を歩く友梨に話しかけた。
「そうね、真面目に仕事をこなす人ですから。遅くまで仕事をしているかもしれないけど、病院にいればいずれ今日中には会えるでしょうよ」
ベージュ色のマフラーを巻き、緑色のセーターを着た友梨が淡々と答えた。
眠り病の影響で外を出歩く人がさらに減り、静かな街並みのせいで物悲しいほどに住民そのものが相当減ってしまったような印象だった。
シャッターが閉まったままの家屋、ごみが放置された駅前や公園。
荒廃していく街を印象付けるように、人のみならず生き物が営みを過ごす生活感が失われている。
こうした影響はゴーストの徘徊にも及んでいて、掃討し尽くされたように遭遇する機会も減り、外を出歩く危険性も徐々になくなりつつあった。
二人は内藤医院に着くと、病院で患者を診ながら避難生活もしている看護師から玉姫の居場所を聞き取りした。
その結果、ついさっき制服から着替えて内藤医院を出たばかりだと告げられた。
一人暮らしをしている家ではなく祖父や家族が暮らしていた内藤邸に帰ると言い残していたこともあり、すぐさま二人は内藤医院のすぐ近くにある、内藤邸を訪れた。
「家族は総出で避難していると聞いていたから、何の用かしらね」
「それは分からないけど……祖父の死はショックが大きかったでしょうから、家の様子を覗きたかったのかもしれないわ」
「そういう事かしらね」
「それで……不法侵入することになるなんて、気分悪いじゃないの」
「だって、呼びかけても返事がないんだから、しょうがないでしょ」
寒さのせいもあり、我慢強く玄関の前で待つ気力のない羽佐奈は、呼びかけても返事がないのを見ると、すぐに玄関ドアを開き、家の中へと入っていく。
遠慮なく家の中へと入っていく羽佐奈を見て、不法侵入で訴えられたくないが、非常時だと納得させて仕方なく友梨も後をついて行った。
「……ここかしら、玉姫さんお邪魔します」
記憶していた玉姫の気配がする部屋の扉を羽佐奈は開く。
暗い家の中を歩き辿り着いた、三階にあるその部屋は内藤房穂院長の私室だった。
カーテンも閉まり、暗い部屋の中を羽佐奈は左手に付けたアームバンドのライトを付けて歩く。
部屋は多くの本棚でいっぱいになっていて狭く歩きづらいが奥へと慎重に入っていく。
既に部屋に入ると同時に薬品の鼻をつく匂いと一緒に鉄臭い違和感のある匂いが漂っていた。
「玉姫さん……」
机にうつ伏せになって倒れている女性。その姿を目にすると同時に強い寒気がした。
机の上はびっしりと真っ赤な鮮血で染まり、ポタポタと机から床に赤い血が落下していた。
「すでに息がないようです」
衝撃のあまり、立ち止まる羽佐奈に代わって、友梨が身体を起こし、息絶えていることを確認した。
プライベートの時以外は業務的な言葉遣いに変わる友梨は感情を殺して言った。
「どういうことなの……」
足元に血の付いたナイフが落ちており、私服姿をした玉姫の背中はナイフで刺されたのかはっきり赤いシミが付着していた。
そして、驚くべきはそれだけに限らず、ベランダに続く窓にもたれかかり、男性が倒れ息絶えていた。
「争ったような形跡は見られませんが、どちらかが殺されて、もう一人が自殺に及んだのかもしれません」
奇妙に放置された二人分の遺体、状況証拠だけではこの部屋で何が起こったかは分からない。
それでも、探偵を生業とする友梨は冷静に観察して言った。
「……何があったかなんて、考えたくないわね」
羽佐奈はこうした現場に居合わせた自体、今回が初めてではないが、悲惨な惨状となった部屋にいるだけで気がおかしくなりそうであった。
「警察がまともに機能しない現実です。何があったかを調べている暇もありません」
居たたまれない現実に友梨はそう呟き、簡単に命が奪われてしまう厳しい現実を嘆いた。
「こんな時に限って、痴情のもつれじゃないわよね……」
羽佐奈は窓際で倒れている男性が看護師の制服を着ているから、最悪な想像が浮かび、乾いた声で呟いた。
内藤玉姫が帰らぬ人となり、はっきりとした原因は何も分からぬまま、静かに二人は内藤邸を後にした。




