第二十七章後編「決戦前夜~この愛に意味があるとするならば~」4
二人の秘めた情事を覆い隠すように、太陽は沈み、美術室は暗い部屋へと変わっていく。
「先生の……大きいです。あたしの身体で大きくしてくれたんですよね……」
夜目を利かせてまじまじと男性器を見つめる奈月。
これが自分の中に入るのだと想像すると、予想以上にグロテスクなサイズ感だった。
「大丈夫です、遠慮なく入れてください。全部受け止めますから」
大丈夫と言いながらも、その身体は恐れる気持ちを隠せず小刻みに震えていた。
蓮は手を握り、これから来る痛みを和らげようとキスをした。
「んん……っ……はむぅ……、あっ……ちゅ……んふぅ……」
奈月の求愛に応えるような、優しく情熱的なキスに奈月の身体は歓喜に震えた。
脳を刺激する興奮に身体が熱を帯び、さらに顔を紅潮させていく奈月。
快楽に包まれ緩んでいく見たことのない奈月の表情を目にするとさらに蓮の下腹部は固くそそり立ち、一つになろうと蜜を滴らせる女性器へと導かれていく。
もう我慢できないと、そう合図をすると、蓮はそのまま勢いよく挿入をさせて、ゆっくりと包み込まれるように、濡れた身体の奥へと突き進んでいった。
「なぁ……奈月……うちらは同じ道を歩いてこれたんだよな……」
寒さに凍えながら、アンナマリーは自身の身体をギュッと握りしめながら隣の部屋に聞こえないように呟く。
いつか、こんな日が来るかもしれないと、思っていたはずだった。
それなのに、アンナマリーの身体は孤独に震える孤児のように震えが止まらなかった。
一人取り残されたような孤独感。
耐えられないほどに感じたことのない感情が湧いて出て来る。
もし、二人が結ばれたとしても、それは偽物の愛だと思ってきた。
だが、壁を挟んで聞こえてくるものを、偽物だと決めつけてしまったら、もう二人と一緒にいることが出来ないとアンナマリーは気づかされた。
今、この場で受け入れなければならない。
明日も一緒に同じ道を歩んでいくために。
二人が結ばれていく事を。
「うちは……お前らとこれからも一緒にいたいよ……。
だから、好きなだけ幸せになれよっ……!!」
愛し合う行為の一つ向こう側で小さく叫ぶアンナマリー。
魂を震わせながら、訴えるアンナマリーの声は、情熱的に結ばれる二人に届くことはなかった。
何かに囚われたように、時を忘れて性行為に夢中になって酔いしれていく蓮と奈月。
念願叶ったひと時に奈月は心を解き放ち、甘く蕩けるような喘ぎ声を上げ、懸命に身体の中を犯す異物感に耐える。
動物的な出し入れが続けられた先に精が放出されると、罪深い快楽が身体を包み込んでいった。
「凄いです……先生のがあたしの身体を溶かしていくみたいで……」
「痛くないのか?」
「痛いよりも嬉しい気持ちの方が強いです。それに先生は優しくしてくれましたし、あたしは痛いのには慣れていますから」
「それは、悪かったな」
「先生のせいではありませんって。あたしが全部望んだことです。先生もマリーちゃんも、あたしが望んだ通りに巻き込まれたんですから」
蓮は奈月という少女の強さを改めて実感した。
奈月は部屋の寒さを忘れるために、さらに温もりを求めて蓮に抱きついた。
そうして、まだ心の奥までは満たされていないと言いたげに蓮を押し倒して、馬乗りすると下腹部にあるまだ十分な固さを維持した男性器を握った。
「おい……」
無茶なことをさせまいと蓮は制止させようと声を上げるが、予想外にも奈月は瞳を潤ませ蓮の顔を見つめていた。
「《《あたしは幸せです》》……《《だから》》、《《あたしの勇気を見ていてください》》」
そう言って、蓮の制止を聞かないまま自分でそそり立つモノを握り挿入させていく奈月。
ぽつりと蓮の肌に落ちる冷たい雫。それは紛れもなく奈月の瞳から零れた涙だった。
身体に突き刺さるような感触が奈月を襲うが、構うことなく腰を動かし、奉仕を尽くそうと身体を躍動させていく。
「なんでそんなに……バカになれるんだよ奈月は……。
うちには分からないよ……それが大人になるってことなのか……?
なぁ……この心を締め付けて来る、辛く苦しいやつが幸せってことなのか?」
気付けば、奈月の気持ちが感応するようにアンナマリーの瞳からもとめどなく涙が零れ始めた。
必死に身体を動かす奈月の黒髪が揺れ、開いた口からは苦し気な吐息が絶えず零れる。
休むことなく一心不乱に上下運動を繰り返すその姿は、一種の破壊衝動のようであった。
「先生……!! 気持ちよくなってくれていますか?
奥が痺れて……あたしは最後まで平気ですからっ!!
あたしをもっと、全部感じてくださいっ!!」
息を荒くし、大粒の涙を次から次へと落としながら精一杯に献身的な奉仕を続ける奈月への想いを発散させようと蓮は二度目の精を解き放つと、ようやく奈月は力尽き、狂気的な性行為は終わりを迎えた。
しばらく、二人は毛布を被り抱き合ったまま脱力した時を過ごした。
時の経過など、遠くに置き去りにしたまま抱き合う時間は、二人にとって幸福に満たされたこれ以上ない贅沢な時間の使い方だった。
荒くなっていた息が平常に戻り、充ち満ちた温もりだけが二人を覆う中、奈月は幸せそうな声色で囁き始めた。
「あたしの願いに応えてくれてありがとうございます。
これで、もう思い残すことはなくなりました。やっと命を懸けて戦うことが出来ます。
先生、絶対に沙耶さんに会わせてあげますから」
「何を寝ぼけたことを言っている。
三人で生き残るに決まっているだろう。
お前が沙耶を目覚めさせるんだよ。そのためにお前を育て上げてきたんだからな。
それに、お前の事を愛してないなんてことも、大切じゃないなんてことも、俺は一度もまだ言ってないからな」
教師と生徒の関係にも関わらず恋人同士のような語らいをしている。
蓮が優しく頬を撫でると、奈月は猫のように頭を動かして喜んで見せた。
年の差で沙耶を愛した過去を繰り返すような自分の行いに蓮は苦笑を浮かべ、今だけは沙耶の事を忘れ、奈月の期待に応えようと色ボケた会話に興じた。
「先生の方こそ、何を寝ぼけたこと…言ってるんですか……。
先生があたしの事を本気で愛するわけないじゃないですか。
ずっと一緒にいて……ずっと好きだってあたしが訴え続けて、それで、明日には死ぬかもしれないから、先生はあたしの事を抱いているんでしょ?
先生はあたしに勇気を与えているんです。命を懸けて戦うための勇気を。
だから、間違っても、愛してるなんて言っちゃダメですよ。
あたしは死んでも、先生の愛する沙耶さんに恨まれるようなことも、悲しませるようなこともしたくありませんから」
同じ布団の中にいるように、顔を合わせると恥ずかしくなってしまう奈月は、それを誤魔化そうと意地悪を口にした。
「相変わらず、口の減らない奴だな、お前は……」
今度は優しく頭を撫でながら、蓮は苦笑いを浮かべた。
もし二人とずっと一緒にいられたならば、それは一つの幸せなのだろうと蓮は思った。
毛布を剥がすと耐えられない寒さと向き合わなければならない。
だから二人は一つしかない毛布に身体を寄せる。
そうして、激しい行為の後とは思えないほどに、いつもの調子に戻り会話を続けていく二人。
ずっと離れることなく二人のやり取りを聞いていたアンナマリーはようやく立ち上がる力を取り戻すと、静かに美術準備室を出てこの場から立ち去った。




