第二十七章前編「思い出を刻む衝動」5
舞原市に発生した異変は日を追うごとに深刻さを増していった。
市民の間ではこの震災級の困難をいかに生き抜くのかということが主題になっていた。
限られた物資を分け合い、なんとか助け合いながら、霧が晴れ助けが来る日を待つ。
危険を伴うため不要不急の外出を避けるよう、声を掛け合いながら、懸命に耐え続ける日々が続いた。
しかし、それでも多くの犠牲者が出ることは止めようのない状況だった。
問題が山積する中で自宅で避難する人々にまで影響を及ぼす眠り病の発生による被害は甚大なものだった。
羽佐奈は街に出て回診を続ける玉姫に協力して眠り病の対応に追われることになり、根本的な原因を解決するために活動する時間を奪われてしまうことになった。
街中ではシャドウの被害に遭ったと思われる遺体がいくつも発見され、感染症の発生を防ぐため遺体安置所まで移送が進められたが、それも追いつかないのが現実だった。
眠り病は警備体制にも影響を及ぼし、市外に続く道の交通封鎖も十分に出来ないほどに人手不足は深刻で、自力で脱出しようと市外への道を進み行方不明になってしまう人が後を絶たなかった。
それは、実際に報告あっただけではほんの一部でしかなく、混乱した状況の中では被害規模の全容把握をすることは困難であった。
避難所の方でも物資不足への対応が急務になるが、それは自宅避難する人も同様で、避難所同士の情報交換も上手くはいかず、残された物資は限られギリギリの状態が続いていた。
そうしたいつ暴動が起こってもおかしくない状況がしばらく続いていく中、一人調査を続けていた三浦友梨からの報告があり、根本的な問題解決のためにようやく動き出すことになった。
呼びかけに応じた緊急対策チームの主要メンバーが学園長室に集められ、緊急会議が行われることになった。
思い悩む学園長とノートパソコンを開き淡々と資料をまとめる三浦友梨が待つ中、続々と会議参加者が集まって来る。
外回りをしていた赤津羽佐奈を稗田黒江は拾い、連れてくると、すぐ後に守代蓮と手塚金義巡査が到着した。
こうして集められた大人たちは魔法使いや根本的な原因である”ゴースト”を知るごく限られた人物であり、異変解決のカギを握っているメンバーだった。
現在時刻が分からない以上、待つ理由もないことから、学園長は全員が席に着くと早速会議開始の挨拶を始めた。
「いまさら自己紹介も必要ないでしょうから割愛いたします。
困難な状況が続く中、日々尽力していただき皆さまには感謝します。
まず、これ以上この過酷な生活を市民に強いるわけにはいきません。
限界は既に超えている、それはここに集まった皆さまが一番よくご存じかと思います。
こうして対応に追われる中、集まって頂いたのは緊急性のある要望でもあり、私の願いでもあります。
ゴーストに対抗できる皆さまだけが頼りです。どうか、この厄災を終わらせていただきたい」
椅子から立ち上がり、重苦しく学園長が話し始めると、協力的に視線が送られた。
多くの犠牲が出た今こそ、力を合わせなければならない時であることは、ここにいる全員が良く分かっていた。
「まずは、この異変の正体を暴くため、独自に調査をして頂いている三浦友梨さんからの調査報告を聞きましょう。
ご存じの通り、赤津羽佐奈さんと同様に彼女もまた舞原市の外からやって来られた勇敢な方です。どうぞ、よろしくお願い致します」
羽佐奈と友梨が凛翔学園に救援にやって来た時から、互いに報告し合い交流を続けてきた。
そうした中で、ゴーストに対抗できる知識や力のある者は限られ、この異変を終わらせることが簡単ではないことを痛感してきた。
それでも、自分たちに出来ることを考え、意見を出し合い、情報共有が行われてきた。
協力し合わなければこの地獄に等しい厄災からは抜け出せない、だからこそお互いがギクシャクせず、建設的な意見をぶつけ合ってきた。
そうした経緯があり、ようやくこの時を迎えることが出来た。苦難の日々が続いている、その責任を強く感じているからこそ、学園長はこの会議を取り仕切る役目を自分から請け負っている。
責任ある立場である学園長の計り知れない心労が滲み出た挨拶が終わると、友梨がソファーから立ち上がり、ノートパソコンはそのままにしたまま、タブレット端末を手にすると、情報をまとめた資料を見ながら静かに話し始めた。
「私は話し下手なので、こういう大勢の場で話すのには向いていないですが、羽佐奈よりは説明をするのには向いているので、私の方から話させていただきます」
友梨は誰に感謝されるためでもなく、穏やかな日常を取り戻すため、出来るだけ正確に理解してもらおうと資料をまとめてきた。
それを発表するのは自分の役目でなくてもよかったが、しかし羽佐奈では頼りないと思ってしまい、自分の口から発表することにした。
「私も資料には目を通しているけど、難しいことを説明するのは苦手ですからね……って、これじゃあ所長なのに威厳なさ過ぎじゃないかしら……?」
自分の名前が出てしまったことに呼応して羽佐奈が反応する。
固く重苦しい空気が漂ってしまっていた分、羽佐奈は少し耐えられない感覚を覚えた。
「誰もそんなこと気にしていませんから……しょげてないで話しますよ」
愛想なく友梨は恥辱を覚えた羽佐奈を慰める。
無駄口を嫌い、淡々と仕事をこなそうとする友梨に羽佐奈はムキになるのを止め、肩の力を抜いた。
「はいはい……どうぞどうぞ。あまり皆さんも固くならずに聞いてください。結論を出すのはそう難しくない話ですので」
何気ない普段通りの二人のやり取りが行われると、自然と空気が和らいでいた。友梨はそれに気にする様子もなく変わらない口調で説明を開始した。




