第二十七章前編「思い出を刻む衝動」3
とても衰えているとは思えない高いポテンシャルを持った魔力戦闘を披露した玉姫の姿に目を離せず興奮した様子で茜は見届けた。
魔力を駆使した戦闘は一瞬の判断が命取りになる。高い集中力で隙のない攻撃と防御を兼ね備えた玉姫はこれまで生き残って来ただけあり、魔力行使に手馴れていた。
間近で目の当たりにした戦闘する姿は頼りになる先輩としての姿に相違なく、一線から退いているとは思えない実力だった。
「余計な横槍が入ったわね。早く病院に入りましょう」
アリスとの予期せぬ戦闘が終わり、ファイアウォールの掛けられた病院の中の方が安全であると判断した玉姫は、身体を緊張させたまま立ち止まる茜の肩を叩き急かした。
息を切らすことなく平静に玉姫は病院に入ると雨音をすぐさま病室のベッドに寝かせた。
夜間ではあったが、病棟の管理は玉姫が一部担当しており、緊急時のために布団を敷いたまますぐ寝かせられるようにベッドを空けていた。
研修生に過ぎないとはいえ玉姫は院長の親戚であり異変が始まってからは特に頼られる存在になっていた。
それはゴーストという未知の敵が現れ、魔法使いにしか対応できない事があることが病院内で共有されたことが大きかった。
眠り病の対応にしても、対処法が分からず混乱してしまうところだが、院長に代わり玉姫が率先して対応を引き継いだことで、どうすることの出来ない混乱は避けられ、多くの市民の人命が繋がるに至っていた。
「危ないところだったけど、これでなんとかゴースト化は防げそうね」
真剣な表情で院長から託された手段を講じる玉姫。点滴針が入れられ、点滴が始まった。雨音は意識を失ったまま穏やかな表情で息をしている。
一度覚醒を果たした魔法使いが戦わなくても救われる方法。それを静かに模索にしてきた玉姫にとって、雨音をゴースト化させずに済んだことは喜ばしい結果だった。
「茜、ゴースト化を防ぐ処置を施すという事は、雨音の身体と同化した霊体を無理矢理引き剥がし取り除くということよ。それによる弊害で魔力を失い、魔法戦士として今後戦えなくなったとしても……それでも茜は平気かしら?」
ずっと一緒に戦ってきた茜には確かめておかなければならない。
そう判断した玉姫は簡潔な言葉で茜にその意思を確かめた。
「はい、あたしは雨音を巻き込んでゴーストと戦うのが魔法戦士としての使命だからと信じて縛り付けてきました。でもそれが雨音にとっては負担であり酷なことだと分かりました。
だから……生きていてくれるだけで十分です。
あたしは雨音に生きていて欲しいです」
玉姫が医療処置を施す間も、ずっと邪魔することなく雨音のことを見つめていた茜は、冷静になっても一度決めた想いが揺らぐことはなかった。
「そう……なら、目を覚ますまでそばにいてあげなさい」
ゆっくりと布団を掛け、立ち上がって告げた玉姫の言葉に茜は「はい」と返事をして、ベッドで眠る雨音の寝顔を静かに見つめた。
玉姫はずっと気を張っていたせいで疲労感がどっと襲い掛かって来るのを感じると、透き通った瞳で雨音が目を覚ますのを待つ茜に後を任せ、病室を離れた。
*
休憩室に入り、缶ジュースのコーンポタージュスープを口に含み、緊張を解く玉姫。
一息つくとポケットからこっそり充電を続けてきたスマートフォンを取り出し、電源を付けた。
照明の灯っていない休憩室の中で、眩しく画面から発せられるブルーライト。決して忘れることのないように待ち受け画面にしていた卒業式の日の画像が目の前に映し出される。
茜と雨音と麻里江、そして自分の四人しかいない世界。
それも遠い過去の様にしみじみと感じる玉姫は画面を操作してデータフォルダを開くと、今はいない仲間のことを想った。
「バカみたいね……私だけが生き残って。でも、少しは真実に近づけたかしら」
誰かが犠牲になったから知った真実があった。
それは喜ばしい出来事でもなかったが、卒業の門出を祝ってくれた後輩に託せるだけの糧にはなっていると思うことが出来た。
そして、玉姫は疲れた身体をゆっくり休ませようとスマートフォンを机に置いて、瞳を閉じると、懐かしい思い出が蘇って来た。
「分かっているわ……ちゃんと忘れてなんていないわよ」
目を閉じると懐かしい仲間たちが笑顔で出迎えてくれた。
時間と共に薄れていく記憶が呼び覚まされると、感極まって玉姫は机に肘をついたまま握り拳を作り、涙を零した。
いなくなってしまった仲間の分も、生きた証を残そうとしてきた玉姫。
看護師になれれば少しは自分を許して生きる意味を見出せると思った。
多くの真実を知り、救いのない世界だと気付くたびに挫けそうになった心が、今も感傷的に心を締め付け、繰り返し感情を震わせていた。




