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14少女漂流記  作者: shiori


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第二十七章前編「思い出を刻む衝動」1

 足元から湧き上がっていき、あっという間に雨音の身体を覆い隠していく泥のように真っ黒な瘴気。

 魔法使いとしての戦意が喪失した雨音はそのすさんだ心を抑えられず、奥底に潜む霊体に飲み込まれていき、そのまま意識を失っていった。


 闇の奥底に消えていく親友を助けようとする茜は意地でも離すまいと懸命に腕を伸ばして手首を掴み、必死に引き戻そうと試みる。


「アギ、アギャギャグァーー!!」


 しかし、侵入者を拒む黒い意志の抵抗は激しく、到底人が発したとは思えない奇声を発した。

 歯を食いしばり、両手で掴んでも雨音の身体は黒い瘴気の中に飲み込まれ、どんどん姿が見えなくなっていく。


「茜、手を離してはダメよ!! 何とか、こっちの世界に引き戻しなさい!!」


 歯を食いしばり、必死に腕を伸ばす茜へ玉姫は声を掛けた。

 内藤医院で着ていた薄ピンク色のナースウェアの上に白衣を羽織った格好で姿を現した玉姫。医療道具を詰めた大きめのバッグを抱えた玉姫の応援を受け、茜は強い意志を崩さずさらに力を込めていく。


「玉姫先輩っ!! はい、分かっています。意地でも離しません。雨音はあたしが守りますっ!!」


 決して後悔しないために、もう二度と大切な人を失わないために、茜は可能な限りの力を尽す。


 そして、怪物のような奇声が夜の街に響き渡る中、ブラックホールのように変異した黒い瘴気からなんとか雨音の身体を救出した茜は、勢い余って共に地面に倒れ込んだ。


 気絶した雨音の下まで玉姫は駆け寄るとうつ伏せになった身体を起こし、その状態を確かめた。


「ありがとう、頑張ったわね、茜。これならまだ救い出すことが出来るわ」


 高熱もなく、強い瘴気を浴びてもまだ雨音は息があった。緊迫とした空気を解き、安堵の表情を見せる玉姫。茜は突然現れた玉姫の存在に驚きつつも雨音の顔を覗き込み、大事に至らなかったことにホッと胸を撫で下ろした。


「茜はもう聞いてると思うけど眠り病が蔓延しているから街に回診に出ていたの。で、その途中で雨音の家にも行ったの。そしたら雨音の姿はなくて、家族は重度の眠り病に感染していた。

 応急処置はしてきたから家族の無事は確保できたけど、私は心配だから雨音を探そうと歩いていたの。

 そうしたら、あなた達がここで話しているのを見て。

 真剣な会話をしてるところだったから様子を伺っていたのだけど」


 辛うじて救いは出来たが心臓に悪い展開となり疲労困憊となった茜。

 街では前日から夢遊病者やナルコレプシーに掛かる患者が急増しており、その関係で内藤医院では多くの急病患者を診ている。

 そのため、研修生で来ていた玉姫は院長の遺言もあり、街に出向いて回診に出ていた。街ではシャドウ遭遇の危険性があるため、玉姫以外の医療従事者ではなかなか表に出るには危険が伴う状況にあった。


 額には汗を流し、息絶え絶えになるほどに肝を冷やして雨音を救い出した茜の姿に、玉姫はこんなことになるとは思わなかったと正直に感じながら、ここまで来た事情を説明した。

 

「雨音に何が起こったんですか? 助かるんですか?」


 心配のあまり前のめりになりつつ早口で茜は聞いた。

 真っすぐに視線を向けてくる茜に対して、一度考えるそぶりを見せた玉姫は状況を察して視線を合わせるのを止めた。


「何が起こったかは後で説明するわ、その前に応急手当が先よ」


 玉姫はバッグから注射ケースを取り出し、先端に針の付いた注射器を手にすると、雨音の左腕を掴み上げ、血管の位置を確かめると真っ先に注射を施した。

 息はしているが、注射をしている間もピクリとも動かない雨音。

 茜が心配そうに見つめる中、注射器に入った透明な液体は雨音の身体の内側へと注ぎ込まれた。


 手馴れた手付きで注射を終えた玉姫はバッグに注射ケースを片付けると、静かに説明を始めた。


「一度ゴースト化してしまったら自我を失い霊体に意識を乗っ取られる。

 そして、化け物となって襲ってくるのよ。


 想像できないと思うけど私はそれを何度も見てきた。

 知りたくなかったけど、魔法使いの責任を放棄しても、逃げ場なんてないのよ。


 私はいつかこんな日が来るんじゃないかとビクビクしていたわ。

 あなた達が正義に酔っている間は問題にならない事でも、いつかまたこんな日が来るんじゃないかと思っていたのよ」


 言葉を選びながら一つ一つ昔語りをするように説明していく玉姫。

 茜の知らない魔法使いの先輩としての玉姫の過去。同じ偽りのアリスから与えられたその力の秘密は、茜にはまだ理解の追い付かないものだった。

 

「訳が分からないです……雨音は迷惑そうにしながらもいつも私たちに付いてきてくれて、力になってくれていました。

 どうして雨音がこんな酷い目に遭わなければならないんですかっ」


 現実として受け入れがたい事態に悲痛に心を痛める茜。 

 それに対して玉姫は当然の反応だと思いつつ、真剣な表情を浮かべてバッグを手に掴み、溜息を付いて立ち上がった。


「過去にも同じようなことがあったの。思い出したくない悲しい記憶よ。

 詳しいことは落ち着いた時に話すわ。今は雨音さんの治療が最優先よ。内藤医院に行きましょう。まだ油断は出来ないわ」


 玉姫の言葉に頷き、立ち上がった茜は気絶した雨音を背中に背負った。

 スカートにストッキングを履いた茜は運動で鍛えられ、引き締まった足をしていて雨音を背負ったまま歩くことは苦ではなかった。


「玉姫先輩……あたしが間違ってたんですか? あたし……こんなにも雨音が苦しんでいたなんて思わなくって。親友だから分かってくれるはずだって信じているばかりでちゃんと向き合ってこれたのかなって」


「茜……自分のしてきたことを疑っている暇はないわよ。これ以上、大切な人を失いたくないのなら。

 そもそも、茜が上手にみんなの気持ちを前向きにしてくれたから、今まで誰も心を黒く濁らせることなく、ゴースト化せずに済んだのよ。

 少なくとも、私には出来ないことをあなたは実践していたわ」


 リリスとの戦い、内藤医院奪還作戦、数多くの功績は茜自身の後悔と自信を積み重ねてきた経験だった。

 仲間と共に絆を深め歩んできた思い出は茜にとってかけがえのないものであり、それを否定することは茜自身にも出来ることではなかった。


 卒業以来、三人から距離を置いて遠くから見守ることを選んだ玉姫。そんな玉姫にとっても茜は眩しいほどに正義に忠実な魔法少女だった。


 手ぶらの茜は背中に気絶した雨音を背負い、祖父を失った悲しみのまだ癒えない心に傷を負った玉姫と共に、内藤医院へと向かった。


 眠り病の影響でさらに混迷を極める舞原市。

 無差別に眠りに陥ってしまった状況では、もし街中で悪意あるものに襲われても、助けを求めることさえ困難であった。


 スラム街でもなく、同じ街のはずなのに、暗雲立ち込める空気をひしひしと感じると、これまで過ごしてきた同じ街とはとても思えなかった。


 季節の変化は異常なほどに早く、冷たい空気を浴びながら懐中電灯を付け、街灯の切れた夜の街を歩いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 眠り病の恐怖は凄まじさを感じますね。これから先がどうなるのか気になります!
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