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14少女漂流記  作者: shiori


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第二十六章「君の知らない私のこと」4

 翌日、昨日の出来事が余程大きかったのだろう。

 私は心にポッカリと穴が開いた感覚に陥ったまま、午前中を過ごした。


 昼過ぎになり、気が付いたように祖母の姿を探すと、どこにも見当たらなかった。

 

 また、一人気付かぬままに飛び出して行ってしまったようだ。


 私は再び、家を出て徘徊している祖母の捜索に向かった。

 遠出をしないことは分かっている、それでも心配であることに変わらない。

 私は近所を歩き回った。異変が始まって四日目、さらにシャッターの閉まったお店が増え、人通りも減っていた。


 近所の公園にやって来ると、ベンチに座り、日向ぼっこをしている祖母を見つけた。私はホッと胸を撫で下ろす。


 祖母の座るベンチを囲うように秋桜が咲き誇っており、風が舞うと薄ピンク色の花びらが宙を舞っていた。

 世界は救いようのない混沌の中にあるのに、切り取られたこの風景だけは平和そのものに見えた。 


「おばあちゃん、またこんなところに来て……家にいないと危ないよ」

美代(みよ)に似たきたのぉ、いつも嫌々ながら面倒を見とった、誰に似たのやら」


 美代というのは母親の名前だ。母親に私が似てきたなんて信じたくもない。私には家族を置いて帰って来ない両親の事が理解できないくらいだ。


 祖母は今は状況をどれだけ理解しているのか、時々分からなくなる。

 一昨日は電話が繋がらないと騒いでいた。

 昨日はお店を開こうとしていた。

 したいようにさせてあげた方がいいのかもしれないが、それでは面倒を見ることを放棄して無視しているようなものだと自分に言い聞かせて、お世話をしている。


「どこの店も開いておらんの……どうしたことやら」

「我慢して、お母さんが帰って来るまでの辛抱だから」


 祖母に言ったのに、自分に言い聞かせているような気がした。

 何をするわけでもなく、時間だけが流れた。現在時刻の分からない世界で。


 私は公園を通り過ぎようとする巫女服姿の麻里江の姿を見つけると、急いで走り、呼び止めようと麻里江に話しかけた。


「麻里江、どうしたの? そんな真剣な目をして」


 麻里江の表情は何かに追い詰められているような、切迫した様子だった。

 しかし、そこまで歩く速度は早くなかったので呼び止めることが出来た。


「雨音、ちょうどよかった」


 何がちょうどよかったのかは分からなかったが、麻里江は話したいことがある様子だった。


「私はおばあちゃんを探しに出てたの。麻里江は?」

「野暮用かな……」

「そんな思い詰めた表情で言わないでよ、心配するでしょ」

「そうだね、昨日の事は聞いてない?」

「聞いてないよ、ずっと家にいたから」


 私は少し嘘を付いた。でも、わざわざ話すことでもないと思った。凛音と茜が昨晩ずっと一緒にいて、凛音が茜のことを好きな事なんて。

 私達は公園の中に入って、祖母がのんびりとベンチに座る中、ブランコに並んで座った。そして、あの後にあったことを麻里江は重苦しく説明し始めた。


「静枝さんが裏切ったの……それで千尋が犠牲に。


 昨日の戦いで新しい上位種のゴーストも現れて、茜はトランス状態に入って自我を失って戦ってた。それだけ追い詰められた。


 私は静枝さんに謀られてゴーストと一人戦っていて、合流が遅れた。敵の策に見事にハメられたのよ。


 それで稗田先生の車に同行してきていた水瀬さんが咄嗟の判断でマギカドライブを発動させて事態を収めたんだけど……水瀬さんはその日の夜に帰らぬ人となってしまったの。


 茜は無事だったけど、千尋は敵の手に渡ってしまった。

 私はこれから取り戻しに行ってくる」


 間髪を入れず昨日の出来事を話す麻里江の表情は硬く、一度揺れていたブランコは気付けば止まっていた。


「麻里江……一人で行くの?」


 麻里江の話しだけでは状況はあまり分からなかったが、聞かずにはいられなかった。


「もちろん、妹を守るのが私の一番の役目だから。

 相手が誰であっても関係ない。茜はまだ昨日の疲労が残ってるから戦える状態じゃないし、静枝さん相手に負けるつもりはないわ。すぐに取り戻して来るわよ」


 何でそんなことになっているのかと思った。いや、誰だってそう思うだろう。静枝さんは同じ部活の仲間だ。仲間同士で戦うなんて私にはとても正気とは思えない理解の追い付かない話だった……。


 だが、理解が追い付いていないはずなのに、私の思考は働いていて、自然と返答をし始めた。


「そっか……ごめんね。正直に言うと、戦うのが怖くなっちゃった。

 いつもの私だったら、昨日一緒に戦っていたと思う。


 でも、家族を言い訳にしてそれが出来なかった。

 情けないよ……私は誰かが自分の見ている前で傷つくのを見るのも、死んでしまうのも辛い。


 辛いって思ってしまったら、戦うのが怖くなって……」


 本音ではあったけど、口をついて出た言葉は一緒に戦闘に参加しなかったことへの言い訳だった。

 都合のいい自己弁護。私は許されたかったのだろう。千尋を失ってしまったことは、麻里江にとって、到底受け入れがたいことだっただろうから。


「雨音、それが普通だと思う。私はただ気を張って千尋の事を助けたいって必死になってるだけだから。全然冷静なんかじゃないよ。


 雨音、お願い、茜のそばにいてあげて。あの子にはこれからもずっと雨音が必要よ。


 それと、街にゴーストが出現したって大騒ぎになってるから。家族も一緒に避難させてあげて」


 麻里江は私に一緒に来て欲しいと言わなかった。

 意固地になっていたのかもしれないが、私が考える隙を与えない速度で私へのお願いを言った。


「うん……そうするよ」


 もっと、考えて返答するべきだったのだろうけど、私は戦いたくない気持ちの方が勝り、麻里江の言葉に納得してしまった。


 ”一人で行くなんて危ない、私も一緒に行く”という、親友として至極当たり前の答えを導くことが出来なかった。


 きっと、麻里江だって本音では助け出せる自信なんてないだろう。

 戦うのが怖いに違いない。ゴーストと戦ってきた今までとは訳が違うのだから。

 だけど、それは私も同じだった。だから、一緒に行く勇気は湧かなかった。


 そうして、麻里江は一人で静枝さんの暮らす家まで向かい、私は一度家に帰り、凛翔学園付属に家族総出で避難することを決めて、学園へと向かうのだった。

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