第二十五章「終わらない厄災の夜」6
茜と凛音は食事を終えて、濡れタオルで丁寧に身体を拭くと、負傷した患部を見つけ次第ヒーリングでの治療を再度行う。
本当は病院で治療を受けなければならない状態にある左目を集中的に手をかざすと、段々と痛みが引いて行った。
「ありがとう、薬より凛音の手かざしの方が良く効くよ」
「そんな風に褒めても、お薬を飲むのをサボってはダメですからね」
茜の言葉に照れくさそうに答える凛音。
新興宗教の中でも霊感療法として手かざしを行うものはあるが、そうしたものと凛音のサイキック能力によるヒーリング治療とは明らかに異なる。それは、目の前で傷口が塞いでいくのを見た者にはより実感の湧くものだった。
「見えるようになるには、長い期間が必要ですから、無理はしないでくださいね」
「大丈夫だよ、痛みがないなら戦闘に支障はないよ。凛音の事も十分よく見える」
「悪い誤魔化し方をするのも、そんなに見つめるのもNGですっ!」
二人きりでいると、一層親しく会話を楽しむ凛音と茜。
一通りの治癒が終わり、茜の部屋へと揃って向かうと凛音は胸元にリボンの付いたネグリジェに着替え、茜は凛音から借りている長袖のパジャマ姿に着替えた。
茜は着替え姿を見られることに全く恥ずかしさはなかったが、凛音は年頃の乙女らしく、茜に少しでも肌を見られると恥ずかしいことを口にした。
段々と仲が良くなってきた二人は今日は一段と積極的で、凛音の希望で一緒の布団に入ることになり、スキンケアを済ませると一日の疲れもあってすぐに布団に入った。
戦時中に近い、これだけストレスの掛かる日々を過ごしていてはいつPTSDを発症してもおかしくない。そんな中で茜は凛音の管理のおかげもあり、一日三回は服用するよう黒江から厳命されている処方箋を飲み、スヤスヤと寝息を立てて、暗い部屋の中で眠り始めた。
寝付きの良い茜が穏やかな表情で眠る姿を凛音は同じベッドの中、夜目を冴えさせて安心したように見つめる。
「今日もお疲れ様です。茜先輩」
日に日に増す寒さを凌ぐように布団を被る。凛音は茜と同じ布団の中で段々と身体が温まっていくのを感じた。
「どうか、目を覚まさないでいてくれますか?」
一言、断りを入れるような言葉を添えて、凛音は高鳴る鼓動を抑えられず、恐る恐る両腕を広げて凛音の方を向く茜の身体を抱き締めた。
決して起こさないよう、気付かれぬよう、優しく力を入れることなく茜の身体に触れその感触を静かに噛み締める。
今まで感じたことのないような、柔らかく包み込まれるような、満たされるような、罪深い甘味な感触に凛音は酔いしれた。
「気にしないで下さい……茜先輩。
先輩の事を愛してやまないのは、どうすることの出来ない、凛音の勝手な愛欲です。
でも……好きです。だから、今日は許してください」
悲しいことがたくさんあった。
受け入れられない別れがまた訪れた。
泣きたくても我慢して、必死に堪えて人のために役に立とうと振舞った。
気を抜けば涙が零れていたことが信じられないくらいたくさんあった。
その度に凛音は茜に甘えたいと願った。
そして、凛音はゆっくりと茜の薄ピンク色に染まった、その愛おしくてやまない唇にそっと顔を寄せて、自分の唇を重ねた。
控え目に、決して起こさぬよう、唇の感触を確かめ、顔を赤らめる凛音。
(これが……ファーストキスの味なんですね、茜先輩)
秘めた行為を心の内に留めようと、声に出さず感触を噛み締める。
まだ性行為の経験のない、大人になりきれていない少女にとって、自分から恋焦がれる相手に向けた刺激的な口づけは、心の奥深くまで力を分けてくれるものだった。
「甘く切ない味がします、とろけてしまいそうです。こんな淫らな凛音はダメですか? 茜先輩……もう少しだけ、もう少しだけ……」
引き締まった茜の身体に両手で触れ少しずつ動かして、上半身全体の感触を味わい、唇からそっと下の方に降りて、首筋に吸うように顔を近づけキスをする。
そうして起こさないように慎重に丁寧に頬を紅潮させながらもう一度唇を奪い、溢れ出て止まらない愛欲を満たしていった。
「はぁ……はぁ……ありがとうございます、茜先輩。これで凛音は明日も頑張れます」
凛音は自分で慰めてしまいたくなるほどに身体の奥が熱くなっていく不純さを覚えながら、秘めた行為に満足して唾液で糸を引く唇を離した。
大胆な行為に浸り、興奮のあまり荒くなった息を必死に抑える。満たされた感覚の中で心の充足を実感すると潤んだ瞳を閉じ、茜に気付かれることのないまま、ゆっくりと顔を近づけたまま凛音は眠りに落ちて行った。




